呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


「社交界には定期的に顔を出さなくては、私の存在が忘れられるやもしれませんからね。存在が忘れられてしまうのは第三王子だけで充分でしょう」
『第三王子』という単語がハリーの口から零れると、たちまち王妃の表情が凍り付いた。それを聞いていた会場の人間もしんと静まり返る。
 第三王子のフェリクスは心を病んで離宮で療養中だ。誰も寄せ付けず、ひっそりと一人で暮らしている。要するに王家の触れてはいけない部分だ。
 それにも拘らず『第三王子』という言葉をハリーが発したものだから、会場内には緊張には走った。すると、玉座の背にもたれていた国王が緩慢な動きで身を起こした。

「自分の立場を理解しているようで何よりだ。ハリストン、これからも定期的に顔は出すように」
「自分の立場は充分に理解しているつもりです。ところで父上、一つお願いがございます」
「ほう、何だね? 言ってみなさい」
「久しぶりの煌びやかな社交界で、美しい女性を前にしてエスコートできる自信が私にはございません。もし父上の許可が下りるならば、今宵は仮面舞踏会に変更していただきたいのです」

 国王は口元に手を当てて暫し考え込む。それから王妃に視線を投げると彼女は妖艶な微笑みを浮かべながら頷いた。
「会場にいる諸君らに異論がある者はいるか?」
 国王の問いかけに誰も異論を唱える者はいなかった。
 提案が受け入れられたと分かると、ハリーは会場内に響き渡るように軽やかに手を叩く。
「それでは、早速準備を致しましょう」
 入り口からぞろぞろと配膳係がやってくる。手に乗せた銀盆の上には男性用の仮面と女性用の仮面があり、それを招待客に配り始める。

 受け取った招待客はそれを顔につけると、紐を頭の後ろで結んで固定する。エオノラも手渡された女性用仮面を付けた。
 ハリーは胸の内ポケットにしまっていた仮面を国王夫妻に渡し、自身にも仮面をつける。皆が付け終えた頃合いを見て、国王は頷くと、ワイングラスを王室長官から受け取って立ち上がった。
「今宵は趣向を変更することにはなったが盛大に楽しむがよい」
 それが号令となって盛大な舞踏会が始まった。

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