呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


 残されたエオノラはガーデンハウスでクリスから傷の手当てを受けることになった。首の傷は少し切れているだけで軽傷だった。とはいえ、消毒液を染み込ませた綿を傷口に当てられる度、ぴりぴりと痛みが走った。
 薬を塗られたあとは傷口にガーゼが当てられて包帯を巻かれる。それが終わると今度は手のひらの治療が始まった。

 クリスはピンセットで綿を摘まんで消毒液を染み込ませると、手のひらの傷口にそれを当てる。先程よりも傷口が深いのか鋭い痛みが走った。
「……んっ」
「痛むか?」
「少し。でも大丈夫ですよ」
「もう我慢してくれ。手のひらに薬を塗ったら終わるから」
 クリスはエオノラを気遣いながら優しく薬を塗っていく。それが終わると、最後は首と同じように雑菌が入らないよう包帯を巻いてくれた。
「ずっと気になっていたんですけど、クリス様はどうして危険も承知で薬を飲まれたのですか?」
 実のところ、クリスが大量に薬を飲んだ話をハリーに聞いてからずっと気になっていた。
 ハリーの言うように、クリスがエオノラを救いたい一心で薬を服用したのならそれはそれで怒らなくてはいけない。クリスが自分のために命をなげうつなんてしないで欲しいと言っていた。その気持ちはエオノラも同じだから。

 クリスは面映ゆ顔で出していた薬やピンセットを薬箱に片付け始める。
「……エオノラを心配する気持ちがあった。だけどそれよりも私はあなたと一度で良いから舞踏会で踊りたかった。自分の残された時間が残り少ないことは分かっていたから……最後の思い出として、あなたと普通の人間として一夜を過ごしたかったんだ」
「クリス様……」

 普通の人間として、という言葉を聞いてしまった以上、エオノラは怒ることができそうになかった。いろいろなものを奪われていたクリスに漸く叶えられる願いが見つかったのだ。
 そんなことを言われて怒るなんてエオノラには無理だった。

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