小さな願いのセレナーデ

私はチケットとにらめっこをしながら、指定された席に向かう。
木製の軋む床を踏みしめながら、恐る恐る席に座り、ホール内をくまなく眺めた。

この豪華な装飾の全ては音響の為に設計されたもので、凹凸面が音を拡散させてまろやかな音を作り出す。天井も固定でなく吊り下げ天井で、中が空洞になるように──つまりこのホール自体が、楽器になるように設計されている。
ここは建築音響学の中でも、世界最高の音響と称されているほど素晴らしい場所なのだと、そう教わったことがある。

ドキドキと高鳴る心臓を静めるようと、大きく深呼吸をくり返す。そうでもしないと、緊張で気を失いそうだった。


「こんばんわ」
声をかけられ、一瞬びくっと身体が震える。心臓が飛び出たかと思うほど。
ゆっくりと振り向くと、スーツを着た彼、昂志さんが立っていた。

「今日は一段と綺麗だね」
このグレーのレースワンピースは、講習会の最終日の発表会で着ようと持ってきたものだ。

「昂志さんこそ」
いつもはラフなシャツ姿だったので、きちんとネクタイを締めた姿を見たのは初めてだ。
ただ『格好いい人は何を着ても似合う』というその通り、より色っぽく大人の魅力を感じる佇まいだ。直視できない程のオーラを纏っている。
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