小さな願いのセレナーデ
「すごく綺麗で驚いたよ」
「いやいや、冗談はやめてください」
私の容姿は至って平凡だ。十人中一人の確率で知ってる人に似ていると言われる程、良くも悪くもなく、どこにでも居てそうな顔立ちをしている。
「そんなことないよ」
彼が隣の席に腰かけると──手摺に置いていた私の手を、そっと握った。
驚き彼を見つめると「嫌だった?」と聞かれる。
「いえ、嫌では……」
そう答えると、目を細めて微笑んだ。
──あぁ、ダメだ。
心臓の高鳴りは静まってくれない。むしろさっきよりも早い心拍数を刻んで、今にも飛び出そうなほどだ。
そして拍手が鳴り響き、開演を迎えた。
音が響いた瞬間、私の身体は感動で震えた。
世界最高峰のオーケストラの演奏が、世界最高のホールで鳴り響いているのだ。
力強い演奏が、前のステージからだけでなく、頭の上からも響き渡る。それはまるで音の中心に自分がいるような、そんな感覚に呑み込まれる。
二時間以上の演奏時間、私は一度も舞台から視線を反らせなかった。
鳴り響く音に夢中になり、高揚感に浸った。
──でもこの高揚感は、演奏だけじゃなくて……この隣で手を握る、この人のせいだ。