小さな願いのセレナーデ
「だったら理由があればいいよ」
「理由?」
「例えば子育て世代向けのコンサートなんだから」
「あぁ、シングルマザー代表?」
そう自虐して笑うが、彼は一つも表情を変えない。

「例えばそう……君が僕の結婚相手だとか」
「えっ……」
「いい加減気付いて欲しい。俺はずっと君のことが好きだったんだ。
まさかあんな事故に合うし、シングルマザーになるとは思ってなかったけど」

真剣に私を見つめながら、彼はそう言った。

正直な話、いつかはこの言葉を言われるんじゃないかとは思っていた。だからなるべく、この言葉が出ないように、細心の注意は払っていた。


「君に事故を負わせた責任は、全く無いわけではないよ。でも俺は、ずっと前から、君の事が好きだった。それは本当だよ」

私は返事ができなかった。
俯いて「……考えとく」と言うのが精一杯だった。


───今まで考えたことが無い。
そう言うと嘘になる。


もしもの世界線の話。

もしウィーンで彼に出会わなければ。
碧維を身籠らなければ。
あの事故が無かったら。

私の隣に居たのは──この人だったのだろうか。

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