愛しの君がもうすぐここにやってくる。

少しして扉のある方向から声が聞こえた。
「時親様が寵愛している姫君をこうしてお連れして、きっと彼は血相を変えてやってくることでしょう。
困った彼の顔が見物ですね」
そして不気味な笑い声が聞える。
怖くて振り向けない。

でもこの声、どこかで聞いたことのある。
どこだっけ。
背中越しだけど薄暗い中、少しずつそのひとの気配が近づいてくるのがわかる。

「お久しぶりですね、藤原紫乃様・・・」
自分の名前を背中越しに呼ばれてぞっとした。
恐怖心とともにゆっくりと振り向くと。
あ、このひと、あの管弦の宴が終わったときに会った、知徳法師。
管弦の宴と同じ姿で立っていた。

同時にやっと思い出した。
そう、・・・確か雀躍も言ってた名前。
あ・・・、じゃこのひとが雀躍のお母さんを?

智徳法師の姿が見えると同時に桔梗さんがかばうようにして私の前に回る。
「おまえは・・・!」
桔梗さんは彼を知っているようで今までに見たことのないような怒りの表情でにらみつける。

そんな桔梗さんに目もくれず智徳法師は言った。
「紫乃様、恨むのなら時親殿をお恨みくださいね。
時親様が貴女のことを寵愛されているからこのようなことになったのですから」

なに言ってんの、このひと。
だから寵愛ってなによ、意味わかんないから!
寵愛されてるわけじゃないんだからってば。


< 166 / 212 >

この作品をシェア

pagetop