愛しの君がもうすぐここにやってくる。

「失礼やなあ、忙しくてだるい仕事も先にお昼の楽しみを決めておけば、頑張れるってことなんやから」
私たちが座った席は食堂の窓側で春の暖かい日差しが入ってくる。

「気持ちいいね、ここ11階だから見て、下の人も車も小さい」
佐野さんが割り箸を割りながら言った言葉に
「なにを今更、当たり前やん、そんなん」
と言いながらもなんとなくつられて下を見る。

見える景色は小さくて。
ああ、桜も見える。
そっか、もうそんな季節か。
今年の春は引っ越しがあったから桜もいつ咲いたのかわからなかった。

地元の大学を卒業し、そのまま地元で就職して9年近く。
そしてこの春から転勤で東京本社に配属になった。
東京へは遊びに行くってことくらいで、友人も親戚もいなくて最初はどうなるかと思ったけれど。

でもまあ、来てまだ数週間だけどそれなりに順応はできている。
それはいつの頃からかわからないけどずっと持ち続けている「石」のおかげって言っても間違いじゃない。

私のお守り。

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