愛しの君がもうすぐここにやってくる。

「・・・帰りたい・・・、元の・・・みんながいた・・・」

自分でも聞こえるか聞こえないか震える声でつぶやく。
御簾の向こうの桜と月がぼやけてくる。
認識すると同時に目頭が熱くなってくる。

それから無意識に涙が落ちないように上を向いて唇を噛み締め、ゆっくりと視線を落とす。

黒の烏帽子、白い袍の後ろ姿が少し動いたかと思うとそっととこちらに近づいてくる気配があった。
そして時親様は御簾を少し上げた。

「ひとりじゃありませんよ、私がいます。
さっきも言ったけれど、必ずもとの場所に帰しますから」

励ますような、力強い声。
その言葉に心が動いたような感じがして、少し気持ちが温かく楽になる。
何なんだろう、この感覚。

どこかで感じていた…。

ふたりの間にまた言葉なく静かな時間が流れ、私の気持ちも少しずつ落ち着いてさっきの悲しい気持ちも落ち着いてくる。


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