政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】

 楓君を玄関先まで送ってからソファに腰を下ろすと酸素を目一杯吸い込み吐き出す。
「…なんであんなこと言ったんだろう」

 昨夜のことを思い出しながら、顔を両手で覆った。
どうして抱いて、などと言ってしまったのだろう。
松堂君に抱きしめられてしまって、そして告白までされた。そんな事実があるのにも関わらず楓君に触れてほしいと思ってしまった自分が嫌だった。
やっぱり楓君と一緒にいると抱きしめてほしくなるしキスもしてほしくなる。 
 
 最初の頃とは違って触れてほしいという感情が溢れるのはどんどん彼のことを好きになっている証拠だろう。

静まり返る部屋でボーっとしていると、インターホンが鳴った。
宅配便かと思い立ち上がるとインターホン画面で確認した。するとそこには…―。

「…え、」

私服姿の清川さんが立っている。
慌てながらエントランス扉の解除ボタンを押した。
どうして清川さんが家に?という疑問を携えたまま玄関に向かった。すぐにチャイムが鳴って私はドアを開けた。

 長い髪は少しウェーブがかかっていて以前ホテルで見たときと同じような雰囲気があった。
彼女とは清掃の仕事をしている時に会って以来だ。同じ女性としてこうも纏う雰囲気が違うのかと思う。

「お久しぶりです」
「…あの、夫はもう出社しているのですが」
「ええ、知っています。今日はこの通りお休みを頂いております」
「そうですか…ではどうして?」

 清川さんはすらっとした長い足を強調するようなタイトなジーンズに黒いコクーンコートを羽織っている。
長いまつ毛が何度か揺れる。すっと伸びた背筋が更に整う。
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