政略結婚のはずですが、溺愛されています【完結】
数年前に購入したいい値段のするブーツに目をやると、革の素材が劣化しているように見えてこんなにもくたびれていたのかと苦笑した。
新調しなければ、と思いながら肩にかけたA4サイズの鞄を強く握りしめる。
今日は一段と寒さが強く体の芯まで冷やしていくのにタクシーを拾って帰ることはしなかった。
誰かに話を聞いてほしいけれど、舞衣子だって忙しいだろう。

楓君が忘れ物など珍しいと清川さんは言っていた。私と結婚してから彼がダメになっているということ?
「あれ、そういうのなんて言うんだっけ…」

独り言を言いながら自宅まで歩いていると、鞄の中で携帯電話が振動していることに気が付く。

私は電話を取る。相手は楓君だった。
「もしもし…」
「日和?ごめん、来てもらったのに」
「ううん。大丈夫!秘書の人に渡したから」
「知ってる。エントランスで待っててもらって俺が直接取りに行く予定だったんだけど」
「いいよ。忙しいと思うから」
「なんかあった?元気ないけど」
「…全然!仕事、頑張ってね」

空元気とはこのことか、と電話を切って思った。
落ち込んでいることを彼に直接言うわけにもいかず、無理に明るい声色で話したがそれをすればするほどにずっしりと重い何かが胸に落ちていく。
自宅に帰る頃には、手足がとても冷えていた。
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