がんばれ加藤さん 〜年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません〜
ハロウィンの仮装が見たいのに編
※時系列は加藤さんがまだ高井さんをゲットしておりません。


これは、ハロウィン間近の10月下旬のあるランチ時のこと。
食堂で出されるハロウィンランチの事を、高井綾香が気にしていたのをこっそり耳にしていたので、僕もどうにか押し押しだったスケジュールを手早く片付けて、昼休みが終わるギリギリに駆け込んだ。

の、だったが……。

「加藤さん、お疲れ様です!」
「お疲れ様」
「きゃー!加藤さんと話しちゃった!!」

見知らぬ女子社員達から挨拶されたのを無意識に返しながらも、僕の意識は完全に別の方に向いていた。

あ、あの2人……毎回どうして一緒にいるんだ……!?
すでにお目当ての物を手にすることができたのか、ハロウィンランチと名のつく、カボチャのカレーセットを、可愛い顔して頬張っている高井綾香の目の前に、同じくハロウィンランチを食べている河西が目に入った。

くっ……あの2人、前にも増して仲良くなってないか……!?
同期なのはよく知ってるが……それにしても2人きりで話す機会があの2人は特に多い気がする。

僕の情報網によれば、あの2人が恋人になったという情報はないのだが……。

ああ……っ!
河西の野郎が、ランチについてきたというプチデザートらしきものを彼女にあげている。

「俺、甘い物ちょっと苦手だから高井さん食べなよ」

とか言ってる……!
わっ……わざとらしい……!
僕は知っている。
甘いものが苦手なら、何故仕事の合間に●ニッ●ーズという激甘の代名詞とも言える菓子を頬張ることができるんだ……!?

そして高井さん……!君も君だ……!
どうして、そんなに無邪気な顔で受け取るんだ……!
それこそ僕だったらそんなプチデザートどころか、ハロウィンランチ丸ごとご馳走してあげたのに……。

とにかく、このまま2人きりで話をさせたくなかったので、偶然を装うかと思った。
でもそう言う時に限って……。

「あ、加藤さん今ちょっといいですか?相談があるんですけど」
「ああ、どうした」

え、今それ聞かないといけないこと?

「加藤さん加藤さん!私も聞きたいことがありまして」
「私も!午後からの仕事の進め方の相談にのって欲しくて」

え?だからどうして今?
僕、手にご飯持ってるよね?
それ、どうしても君たち今聞かなきゃだめなこと?

「……わかった、聞くよ」

悲しいかな、近くに高井綾香がいると思うと、少しでも自分を良く見られるきっかけを多く作りたくて、ついいい顔をして対応してしまう……。

そんなこんなで、彼らの対応で5分程ロスをしてしまった。
どうにか解放されて、いざ2人が座っているはずの方を見てみると……。

なっ……!?
河西と高井綾香が、2人で顔を寄せ合って同じスマホの画面を見ている……!?
しかも、見ているのは会社用の無機質な携帯じゃない……!
高井綾香のぷっ……プライベートスマホじゃないか……!?
何故か僕には、待ち受け画面すら一切見せようとしないから、僕があれを見られたのは過去に1度だけだが。

それにしても2人は一体何を見ているんだ……!?
僕は、これ以上話しかけられては困ると考え、とにかく2人の会話が聞こえるギリギリのところに座り、様子を伺うことにした。
本当はこのタイミングで2人の間に割って入りたかったが、万が一それが高井綾香の期限を損ねることになったらと思うと、少々躊躇った。

ただでさえ、今は僕に対してネガティブな印象を持っていることは、否定できない。
せめてもう少し、彼女の気持ちが僕に向いてくれれば、こんな風に怯む事はないのかもしれないが、今はまだ慎重に事を進めないといけない時期だ。

無理は禁物……。
僕は、自分にそう言い聞かせて、静かに座って、耳を傾けた。

「え、高井さん、ハロウィンの時、こんな格好したの?」

……こ……こんな格好……だと?
一体どんな格好をしてるんだ……!?
あの2人の話から推理すると、高井綾香の過去の仮装姿の写真を見ているようだ。

「まあ、大学時代ですから……まだこういう格好も許されますよね……」
「でも、高井さん、サークル活動とはいえ、こういう格好しちゃう時期あったんだ……意外……」
「そうですか?まあ確かに、今着ろと言われたら……こんな衣装は着ないかもしれませんけど」

くそっ……何を見ているんだ……!
うっ……うらやましい……!

「でも、これはさ……めちゃくちゃモテたんじゃないの?」
「いやーそれはどうかなー」
「一緒に写真撮りませんかーって言われまくったでしょ、これは」
「あーはい。それは、まあ」

何……!?
聞き捨てならない。
そんなに、男どもが群がるような格好をしていたというのか!?
僕の知らないところで!?

女性のハロウィンの仮装と言えば……魔女とか……だろうか?
僕が知っている魔女は、●ブリ映画に出てくるようなやつくらいだが……頭に大きなリボンをつけている高井綾香を想像すると、頭がクラクラしそうになる。

他には何だろうと、つい気になってスマホで

ハロウィン 女 仮装

のキーワードで調べてみたが、出てきた写真の数々に僕は驚愕した。

なっ……何だこれは……!?
ミニスカポリスとかナースとか……赤ずきんとか……!?
そ、そんな露出が激しい服装を、今の女性は仮装でしているらしかった。

こ、ここここんな姿……僕以外の男に高井綾香がしたと考えるだけで、その男どもを端から川に突き落としたくなる衝動にかられる。

勿論、目の前にいる河西も、例外ではない。
でもそんなことよりまず……高井綾香のそんな……絶対可愛いであろう姿を、0.1秒でも良いからお目にかかりたい。
僕の記憶力なら、それだけあれば即座に脳内で完璧にイメージを再現することができるのだから。

では、どうやってそのミッションを達成すればいいだろうか。
やはりここは、素直に

「何を話してるんだ?」

と話しかけるのが正しいだろうか。
いや、それとも仕事という名目で高井綾香を呼び出して………仕事の話をするついでにハロウィンネタを振って、自然とそう言う話をする雰囲気に持って行くのが良いだろうか……。

僕は、少しだけ考えて、より僕自身をスマートに演出できる後者のプランを実行しようと、動いた。

その時だった。

「あ、取引先から電話がかかってきちゃった。もう行かなきゃ」

高井綾香の会社用スマホが、一足早く彼女を現実の世界に引き戻した。
そうして、彼女はさっさと空になった食器を片付け、

「お世話になっております、高井です、その節はどうも……」

と電話で話しながら食堂を去っていった。
僕のことになんか気づきもせず。

「聞いてました?加藤さん」

逆に気付かれたくもない人間に気づかれてしまっていたのは、心底ムカついた。

「部下達が楽しそうにしているのは、上司としては喜ばしいよ」

と、取り繕ってはみたが

「そうですか……」

含みがあるような笑みを返されて、余計腹がたった。
僕がこいつのことを嫌いなのは、高井綾香と仲が良いというだけでなく、こういうところもある。
そして河西という人間は、それすらも理解してなお、僕を挑発してくるのだから余計タチが悪い。

河西は、俺の耳元でこう囁きやがった。

「めっちゃハロウィンの衣装凄かったですよ。刺激的で」
「なっ……!?」
「高井さんの大学時代、マジで可愛くてびびりました。あれは……放っておきませんよ」
「そっ……」

んなに?と言いそうになったのを無理に抑えた。

「そうか……」

と言い直すのに精一杯。・

「ちなみに、見せてもらったのはFacebookですよ」
「Facebook……」

存在は知っている。
僕も、誰かに招待とやらをされて、登録だけはしている。
しただけで、その後何もしていないが。

「あー俺はもちろん、高井さんと仲がいいから見せてもらいましたけど……加藤さんは厳しい上司ですからね……見せてもらえないんじゃないですか?残念ですね」

河西はそこまで言うと

「そろそろアポなんで、俺ももう出ます。加藤さんはどうぞごゆっくり」

とだけ言って、立ち去っていった。
僕は速攻、自分のスマホでFacebookを検索し、うる覚えのパスワードを入力し、中身の確認から入る。
それからすぐに、高井綾香の名前を検索かける。
彼女の名前はそこまで珍しくはないらしく、複数人の高井綾香が出てきてしまった。
写真が明らかに別人なものは除外をしたとしても、残りの高井綾香の内、どれが僕の高井綾香のアカウントなのかが、検討がつかない。

「詰んだ……」



それから数時間後。
残業が確定し、食堂でコーヒー1杯を飲んでいる時だった。

「加藤さん」
「河西……何か用?」

河西が、ニヤニヤした表情を浮かべて僕に近づいてきた
どうしてこの男は、1つ1つが憎らしいんだろう。

「ちょっと……小耳に挟んでおきたいことがありまして」
「……何?」
「高井さんの件なんですけど」
「何!?」

河西はぷっと吹き出すかのように笑うと

「Facebookの件、俺から高井さんに聞いてみたんですよ」
「何を」
「加藤さんにその写真見せてみたらーって。そしたら何て言ったと思います?」
「…………嫌だ……?」
「まあ……近いですけど、意味は少し違うと思いますよ」
「は?」



「あんな恥ずかしい黒歴史、加藤さんに知られるとか……死んでもいやだ」


「だ、そうですよ」
「……河西……」
「よかったですね、嫌われてる訳じゃないみたいですよ」

僕が、河西にどう言葉を返すか悩んでいると

「じゃあ、俺も残業組なんで、よろしくお願いします」

とだけ言って去っていった。

……僕の次の作戦は、黒歴史を見たところで気にしないと彼女に伝える事だが、それにはこの後想定以上の時間がかかることを、この時の俺はまた知らない……。
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