DOLL
起こさないように静かに冷蔵庫へ行くと、中には積み上げられたお弁当。
お弁当屋さんでパートをしている母が廃棄のお弁当を持って帰ってくるのだ。
朝食も、学校へ持って行く昼食も、夕食もこのお弁当だ。
1番上にあったお弁当と2Lのお茶のペットボトルを持って私はリビングを出た。
玄関から1番近い扉が私の自室。
中にはベッドと机だけ置かれている。
世間一般の女子高生の部屋とはかけ離れているこの物の少なさ。
私はこれが落ち着く。
ごちゃごちゃと物に囲まれるのが苦手で、家具も白が良い。
学校で使う教科書や、制服や私服、その他にも必要な物は全てクローゼットの中にしまってある。
お弁当とお茶を机に置くと、スクールバッグをクローゼットの中にしまった。
まだ仲田がウチへ迎えに来るまでにたっぷりと時間がある。
とうに美味しいとも思わなくなったお弁当を平らげ、スクールバッグの中から小説を取り出して読みふけった。
22時半頃に玄関が開く音がした。
お弁当屋さんの袋の音。
何度も聞こえてくる溜め息。
母の帰宅だ。
丸で廃人一家。
家族同士で必要以上の会話はない。
少し前までは母と父の口論が私の普段のBGMだったが、私が高校に上がる頃にはもうすっかり無音になっていた。
時刻が20時を指す頃、玄関で誰かが靴を履く音が聞こえた。
母だ。
「ビール。」父がそう一言言うだけで母は近くの24時間のスーパーにビールを買いに行く。
部屋の扉を開けると、財布とエコバックを片手に玄関を開ける母の姿。
頬も痩けて、白髪も増えた。
「今日、友達と夜中に遊びに行ってくる。」
「そう。」
そうだよね。
まさかあの人が私に関心を持つはずがない。
私は一体何を期待していたんだろう。
遠のく足音とは裏腹に、虚しさだけがここに残った。
再び部屋で小説を読んだ。
本は私を非現実的の世界へと誘ってくれる。
小説の中には音のない家はない。
喜怒哀楽という音がある。
夢中に読み進めていると、いつの間にか私は眠ってしまっていた。
静かな部屋に携帯の通知音が響いた。
23時50分。
『仲田:着いた。』
小さな折り畳みの財布と携帯を制服のポケットに押し込んで家を出た。
トイレに行こうとしていた父と目が合ったが、舌打ちをされて目を反らされた。
我が両親ながら、あの人達は何の為に生きてるのだろう。
私は何の為に生きてるのだろう。
また答えの出ない自問自答を繰り返しながらマンションから出て通りへ出ると、私服に着替えた仲田がバイクに座って待っていた。
「おう。遅かったな。」
「うん。寝てた。待った?」
「待った。」
「ごめん。」
「ジュース1本で許してやる。」
そう言ってヘルメットを私に渡す仲田はいつもより少し大人びて見えた。
本来であれば1人用に作られたバイクに2人で乗るのだ。
体は密着し、掴む場所が分からない私は仲田の腰に抱き着く敷かなかった。
小説だとこういう場面はどちらかがドキドキしたりキュンキュンしたりするのだが、どうやら私にはそれは無いらしい。
してはいけない事をするというスリルに胸は高なってはいたが、たかだか私服になったクラスメイトに何か特別な感情は抱けなかった。
そういや、仲田はヘルメットをしていない。
1つしかなかったヘルメットをさせてくれているのか。
事故を起こした時にまず怪我を負うであろう運転手がヘルメットを起こす方が両方の生存率を均等に上げられると思うのだけど、彼はそうしなかった。
それは私が男よりも弱い女だからなのだろうか。
なんて、理論的に考えている時点で私はきっと恋愛に向いていない。
そんなくだらない事を考えているウチに愛と安藤が待っているコンビニへ着いた。
「出て来れたんだ。」
「雫ー!めっちゃ怖かったって!私の部屋、親の部屋の前通らないと出て行けないじゃん?だからどうにか足音立てないようにめっちゃ慎重に出て来たんだよー!階段降りる時ももうヒヤヒヤ!」
興奮気味に話す愛とコンビニの中へ入ると、涼しい風が体を冷やした。
愛はいつも通りジャスミンティーを手に取り、私もいつも通り水を手に取る。
食に興味がない私に愛は色んな食べ物を勧めてくる。
愛が勧める食べ物は1度は食べてみるものの、不味くはないが、とびきり美味しいとも感じない。
だから結局はコンビニで自発的に買うのは水のみになる。
安藤は家で映画を見ていて夕飯を食べ逃したらしく、カップ麺と炭酸飲料を。
仲田は紅茶を手に取っていた。
「それ、貸して。」
仲田にそう言うと、一瞬意味が分からなそうに固まったが、すぐに私が言わんとする事を察して私に手渡してきた。
「さんきゅ。」
「えぇー、なになに?なんで雫が仲田の分も買うわけ?」
「私が寝てて少し待たせちゃったから、そのお詫び。」
「なるほどね。じゃ、私も!」
屈託のない笑みでそう言う愛。
自慢じゃないが、私は割とお金を持っている方だ。
バイトは週5。
食に興味はないし、物欲もあまりない。
ただ携帯代を払うのと、普段暇だからって理由で続けているファーストフード店。
だからちょっとやそっとの出費は痛くないが、これまで愛に何かを奢ったことはない。
それは愛が私に今まで奢って、と言った事が無かったからだ。
「あー!渋谷!お前も風呂入って少し遅れたー。って言ってただろうが!」
「冗談に決まってんでしょ!雫に奢らせるわけないじゃない。」
「とかなんとか言って、俺がチクらなかったら奢ってもらってたくせにー。」
「あんたってほんと幼稚ね!」
安藤の前だと愛はいつもより少しテンションが上がる気がする。
何だかんだ言って、きっと愛は安藤を気に入ってるんだという事がありありと分かる。
安藤と愛の掛け合いを見て私と仲田が笑う。
こういうのも割と楽しいのかも知れない。
男の子を自然と避けていた私が初めて男友達を作った日だった。
「なぁ、ほんとにこんな所に建ってんのかー?」
あれかれバイクを走らせ、付近に到着した私達は路肩にバイクを止めて明かりもない鬱蒼とした林の中を歩いていた。
「ネットではそう書いてあったのよ。ほら、この看板!間違いないわ。」
私有地につき立ち入り禁止の看板がスプレーで汚されていた。
先頭で嬉々として進む愛に、最後尾で文句を言う安藤。
「まさか翔、ビビってんの?」
「馬鹿言え!俺がこんなのでビビるわけねぇだろ。俊こそ、実はビビってんじゃねぇのか?」
「俺は幽霊とかそういうの信じてねぇから。」
「えぇ、マジで?幽霊はいるって!俺、昔死んだばあちゃん家の中で見たんだって。」
安藤はほんとにお喋り好きでお調子者だ。
せっかく過去一雰囲気のある心霊スポットなのだが、彼のお陰でちょっとしたピクニック気分にすらなれる。
「ねぇ、こっちから入れそうよ!」
最後尾だった安藤と仲田が後ろから意気揚々と私を追い越した。
「うわ、マジかー!俺こんなの心霊番組でしか見た事ねぇよ。これだとマジでいてもおかしくねぇな。」
「やっぱビビってんじゃん。」
「だからビビってねぇよ!」
愛と仲田がケラケラと笑いながら皆で奥へ進んだ。
各々が携帯のライトで照らしながら進む。
足元には剥げたタイルやら小枝や枯葉が落ちている。
大きなソファやテレビ台まであって、どれも壊れてホコリを被っている。
写真を撮っても霊的なものは写らなかったが、奥へ進むにつれて皆の恐怖心が募っていった。
スプレー缶で書かれた『引き返せ』と言う文字があったからだ。
誰かが誰かを怖がらせようと書いたんだろうと安藤は言ったが、本当にそうは思っていないようで、お腹空いたという言い訳の元、引き返そうと提案をした。
入ってすぐは仲田も愛も安藤をビビりだとイジっていたが、さすがに2人も怖くなったのか、安藤の提案にすんなり乗った。
だいぶ奥へ進んでしまっていた為に、引き返すのにも少し時間はかかったが、どうにか入り口付近まで戻って来れた。
「やっと出口だよ。」
「結局何も出なかったねー。」
「ま、そう易々と出られてもって感じだけどな。」
出口を目前にした一同はやっと本調子を取り戻して来たらしく、少し空気が軽くなった。
「にしても安藤、だいぶビビってたじゃん。」
「どこがだよ!河野のがビビってただろ?キャー!って言ってたじゃん。」
「それはゴキブリがいたからでしょ!あいつらだけはマジ無理なの。安藤こそ、腹減ったーとか何とか言って、ホントは怖かったからでしょ!ちょっとは雫見習いなさいよ!」
「いや、マジで倉田は無口過ぎ。居るかどうかも分かんね…って、マジで倉田いねぇぞ。」
「え?…雫!!ちょっと、冗談キツイって!」
皆の声が遠くで聞こえる。
さっきまですぐ近くで聞いていたのに。
背後から口を抑えられ、何者かによって暗い廃墟へ引きずり込まれていった。
お弁当屋さんでパートをしている母が廃棄のお弁当を持って帰ってくるのだ。
朝食も、学校へ持って行く昼食も、夕食もこのお弁当だ。
1番上にあったお弁当と2Lのお茶のペットボトルを持って私はリビングを出た。
玄関から1番近い扉が私の自室。
中にはベッドと机だけ置かれている。
世間一般の女子高生の部屋とはかけ離れているこの物の少なさ。
私はこれが落ち着く。
ごちゃごちゃと物に囲まれるのが苦手で、家具も白が良い。
学校で使う教科書や、制服や私服、その他にも必要な物は全てクローゼットの中にしまってある。
お弁当とお茶を机に置くと、スクールバッグをクローゼットの中にしまった。
まだ仲田がウチへ迎えに来るまでにたっぷりと時間がある。
とうに美味しいとも思わなくなったお弁当を平らげ、スクールバッグの中から小説を取り出して読みふけった。
22時半頃に玄関が開く音がした。
お弁当屋さんの袋の音。
何度も聞こえてくる溜め息。
母の帰宅だ。
丸で廃人一家。
家族同士で必要以上の会話はない。
少し前までは母と父の口論が私の普段のBGMだったが、私が高校に上がる頃にはもうすっかり無音になっていた。
時刻が20時を指す頃、玄関で誰かが靴を履く音が聞こえた。
母だ。
「ビール。」父がそう一言言うだけで母は近くの24時間のスーパーにビールを買いに行く。
部屋の扉を開けると、財布とエコバックを片手に玄関を開ける母の姿。
頬も痩けて、白髪も増えた。
「今日、友達と夜中に遊びに行ってくる。」
「そう。」
そうだよね。
まさかあの人が私に関心を持つはずがない。
私は一体何を期待していたんだろう。
遠のく足音とは裏腹に、虚しさだけがここに残った。
再び部屋で小説を読んだ。
本は私を非現実的の世界へと誘ってくれる。
小説の中には音のない家はない。
喜怒哀楽という音がある。
夢中に読み進めていると、いつの間にか私は眠ってしまっていた。
静かな部屋に携帯の通知音が響いた。
23時50分。
『仲田:着いた。』
小さな折り畳みの財布と携帯を制服のポケットに押し込んで家を出た。
トイレに行こうとしていた父と目が合ったが、舌打ちをされて目を反らされた。
我が両親ながら、あの人達は何の為に生きてるのだろう。
私は何の為に生きてるのだろう。
また答えの出ない自問自答を繰り返しながらマンションから出て通りへ出ると、私服に着替えた仲田がバイクに座って待っていた。
「おう。遅かったな。」
「うん。寝てた。待った?」
「待った。」
「ごめん。」
「ジュース1本で許してやる。」
そう言ってヘルメットを私に渡す仲田はいつもより少し大人びて見えた。
本来であれば1人用に作られたバイクに2人で乗るのだ。
体は密着し、掴む場所が分からない私は仲田の腰に抱き着く敷かなかった。
小説だとこういう場面はどちらかがドキドキしたりキュンキュンしたりするのだが、どうやら私にはそれは無いらしい。
してはいけない事をするというスリルに胸は高なってはいたが、たかだか私服になったクラスメイトに何か特別な感情は抱けなかった。
そういや、仲田はヘルメットをしていない。
1つしかなかったヘルメットをさせてくれているのか。
事故を起こした時にまず怪我を負うであろう運転手がヘルメットを起こす方が両方の生存率を均等に上げられると思うのだけど、彼はそうしなかった。
それは私が男よりも弱い女だからなのだろうか。
なんて、理論的に考えている時点で私はきっと恋愛に向いていない。
そんなくだらない事を考えているウチに愛と安藤が待っているコンビニへ着いた。
「出て来れたんだ。」
「雫ー!めっちゃ怖かったって!私の部屋、親の部屋の前通らないと出て行けないじゃん?だからどうにか足音立てないようにめっちゃ慎重に出て来たんだよー!階段降りる時ももうヒヤヒヤ!」
興奮気味に話す愛とコンビニの中へ入ると、涼しい風が体を冷やした。
愛はいつも通りジャスミンティーを手に取り、私もいつも通り水を手に取る。
食に興味がない私に愛は色んな食べ物を勧めてくる。
愛が勧める食べ物は1度は食べてみるものの、不味くはないが、とびきり美味しいとも感じない。
だから結局はコンビニで自発的に買うのは水のみになる。
安藤は家で映画を見ていて夕飯を食べ逃したらしく、カップ麺と炭酸飲料を。
仲田は紅茶を手に取っていた。
「それ、貸して。」
仲田にそう言うと、一瞬意味が分からなそうに固まったが、すぐに私が言わんとする事を察して私に手渡してきた。
「さんきゅ。」
「えぇー、なになに?なんで雫が仲田の分も買うわけ?」
「私が寝てて少し待たせちゃったから、そのお詫び。」
「なるほどね。じゃ、私も!」
屈託のない笑みでそう言う愛。
自慢じゃないが、私は割とお金を持っている方だ。
バイトは週5。
食に興味はないし、物欲もあまりない。
ただ携帯代を払うのと、普段暇だからって理由で続けているファーストフード店。
だからちょっとやそっとの出費は痛くないが、これまで愛に何かを奢ったことはない。
それは愛が私に今まで奢って、と言った事が無かったからだ。
「あー!渋谷!お前も風呂入って少し遅れたー。って言ってただろうが!」
「冗談に決まってんでしょ!雫に奢らせるわけないじゃない。」
「とかなんとか言って、俺がチクらなかったら奢ってもらってたくせにー。」
「あんたってほんと幼稚ね!」
安藤の前だと愛はいつもより少しテンションが上がる気がする。
何だかんだ言って、きっと愛は安藤を気に入ってるんだという事がありありと分かる。
安藤と愛の掛け合いを見て私と仲田が笑う。
こういうのも割と楽しいのかも知れない。
男の子を自然と避けていた私が初めて男友達を作った日だった。
「なぁ、ほんとにこんな所に建ってんのかー?」
あれかれバイクを走らせ、付近に到着した私達は路肩にバイクを止めて明かりもない鬱蒼とした林の中を歩いていた。
「ネットではそう書いてあったのよ。ほら、この看板!間違いないわ。」
私有地につき立ち入り禁止の看板がスプレーで汚されていた。
先頭で嬉々として進む愛に、最後尾で文句を言う安藤。
「まさか翔、ビビってんの?」
「馬鹿言え!俺がこんなのでビビるわけねぇだろ。俊こそ、実はビビってんじゃねぇのか?」
「俺は幽霊とかそういうの信じてねぇから。」
「えぇ、マジで?幽霊はいるって!俺、昔死んだばあちゃん家の中で見たんだって。」
安藤はほんとにお喋り好きでお調子者だ。
せっかく過去一雰囲気のある心霊スポットなのだが、彼のお陰でちょっとしたピクニック気分にすらなれる。
「ねぇ、こっちから入れそうよ!」
最後尾だった安藤と仲田が後ろから意気揚々と私を追い越した。
「うわ、マジかー!俺こんなの心霊番組でしか見た事ねぇよ。これだとマジでいてもおかしくねぇな。」
「やっぱビビってんじゃん。」
「だからビビってねぇよ!」
愛と仲田がケラケラと笑いながら皆で奥へ進んだ。
各々が携帯のライトで照らしながら進む。
足元には剥げたタイルやら小枝や枯葉が落ちている。
大きなソファやテレビ台まであって、どれも壊れてホコリを被っている。
写真を撮っても霊的なものは写らなかったが、奥へ進むにつれて皆の恐怖心が募っていった。
スプレー缶で書かれた『引き返せ』と言う文字があったからだ。
誰かが誰かを怖がらせようと書いたんだろうと安藤は言ったが、本当にそうは思っていないようで、お腹空いたという言い訳の元、引き返そうと提案をした。
入ってすぐは仲田も愛も安藤をビビりだとイジっていたが、さすがに2人も怖くなったのか、安藤の提案にすんなり乗った。
だいぶ奥へ進んでしまっていた為に、引き返すのにも少し時間はかかったが、どうにか入り口付近まで戻って来れた。
「やっと出口だよ。」
「結局何も出なかったねー。」
「ま、そう易々と出られてもって感じだけどな。」
出口を目前にした一同はやっと本調子を取り戻して来たらしく、少し空気が軽くなった。
「にしても安藤、だいぶビビってたじゃん。」
「どこがだよ!河野のがビビってただろ?キャー!って言ってたじゃん。」
「それはゴキブリがいたからでしょ!あいつらだけはマジ無理なの。安藤こそ、腹減ったーとか何とか言って、ホントは怖かったからでしょ!ちょっとは雫見習いなさいよ!」
「いや、マジで倉田は無口過ぎ。居るかどうかも分かんね…って、マジで倉田いねぇぞ。」
「え?…雫!!ちょっと、冗談キツイって!」
皆の声が遠くで聞こえる。
さっきまですぐ近くで聞いていたのに。
背後から口を抑えられ、何者かによって暗い廃墟へ引きずり込まれていった。