社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。

お昼休み、私は社長室のドアをノックした。


“コン、コン、コン”


「失礼致します。姫宮です。」

中からは葵さんの声がする。

「あぁ、入ってくれ。」


私は、そっとドアを開けて中を覗くように、おどおどしながら部屋に入った。
すると、葵さんは、少し怒り顔で立ち上がる。

「花梨、お前は部屋の入り方も知らないのか…そんなにコソコソするな。お前は小動物か…」

すると、また、隣で聞いていた秘書の牧田さんが、笑いを堪えているのか、真っ赤な顔でフルフルと震えている。
どうやら、牧田さんは笑い上戸らしい。


「花梨、そこに座って待っていてくれ、すぐに仕事は終わらせる。」


葵さんは、私に目の前にある黒い革の応接セットを指差しながら、秘書の牧田さんと話を始めた。


社長室に入ったのは初めてだ。
経理部の平社員が、社長室に入る用事なんて、あるはずもない。

部屋の中をキョロキョロと見まわしながら、指示された応接に座る。
椅子は、程よい硬さで、座りやすい。
身長が155㎝の私には大きすぎるくらいだ。

部屋の壁には、富士山の大きな絵画が飾られている。
思わず富士山を、まじまじと見つめてしまう。
油絵で描かれた富士山は、荒々しい筆づかいで勢いがある。
浮き出ているようで、存在感のある絵画だ。

すると、横から、葵さんの声が聞こえてビクッとした。

「花梨、富士山に穴が開きそうだが、そんなに珍しいか?俺の趣味で飾っているのではないが、富士山の絵画は社運が良くなると言って、父が飾ったものなんだ。」

それを聞いて、モヤモヤとしていたことが腑に落ちる。
葵さんが、富士山の絵画を好んで部屋に飾るとは思えない。

どちらかというと、新進気鋭の画家の作品とかを飾るイメージがある。


そんなことを考えていると、秘書の牧田さんが、お洒落な紙の箱を2つ持ってきた。
そして、丁寧に蓋を開けてくれると、その中身は、美味しそうなお弁当だった。
しかも、片方は魚やエビのフリッターなどの魚介で、もう片方はローストビーフなのか、美味しそうな肉が綺麗に盛り付けてある。

葵さんは、そのお弁当を見ながら口を開いた。

「秘書たちに聞いたら、女性に人気のランチは、近くのカフェで、テイクアウトできるお弁当だと言われたんだ。それを牧田に買ってきてもらったが、魚と肉、花梨はどっちが好きなのか?」


「肉が良いです!!」


嬉しそうに、肉が良いと言ってから、ハッと我に返った。
私は社長である葵さんの前で、なんて遠慮のないことを、してしまったのだろうと後悔する。


「も…申し訳ございません。私より先に社長が選んでください…」


すると、横で“ブーッ”と大きな音で吹き出す音がした。
秘書の牧田さんが、お腹を抱えている。
私は、そんなに笑われるようなことをしているのだろうか。

< 13 / 82 >

この作品をシェア

pagetop