社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。


寝室のドアをそっと開けると、葵さんはベッドで本を読んでいた。

私が部屋に入って来たことに気が付いたようだ。


「…花梨、俺は本を読むので、手元だけライトはつけさせてもらうが、大丈夫か?」

「…はい、気になりませんので、大丈夫です。」

「…そうか。ゆっくりやすんでくれ。」


私は大きなキングサイズと思われるベッドで、葵さんの横にそっと入った。
同じ布団に入るだけでも、緊張する。

葵さんは、ゆっくり休めと言ってくれるが、全くゆっくりは出来そうもない。
心臓が、騒がしく大きな音を立てている。その音が葵さんにも聞こえてしまいそうだ。


暫らくすると、“パタン”と本を閉じる音がした。
そして、手元のライトを消して、葵さんがベッドに横になった。


ただ横に寝ているだけなのに、緊張で目が冴えてしまう。
私が寝返りをうったその時、葵さんの声が聞こえた。


「…花梨、眠れないのか?」

「…はい。」

「カモミールのミルクティーでも飲むか?」

「だ…大丈夫です。お気づかい無く…」


葵さんは何も言わずに、部屋から出て行った。
なぜ、部屋を出たのか意味が分からなかった。


それから5分ほどたった頃、葵さんがマグカップを二つ手に持って、部屋に戻って来た。
なんと、葵さんが眠れない私の為に、カモミールのミルクティーを作ってくれたようだ。



「…あ…葵さん、まさか、私の為に作ってくださったのですか?」

葵さんは片眉と口角を上げて微笑んだ。

「…俺の奥さんが眠れないと言っているのだから、これくらいはしてやらないとな…」

「あ…ありがとう…ございます。」



カモミールの香りと、優しいミルクの味が口の中に広がった。
私は、なぜか驚きと嬉しさで涙が出てきてしまった。


「花梨、泣くほど美味しいか?」

「はい…嬉しくて…美味しいです。」

「…そうか…変な奴だな。」


私はまだ葵さんのことを何も知らないけれど、この人は優しい人のようだ。




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