社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。

カモミールミルクティーと葵さんの優しさで、心も体もホカホカになった。
単純な私は、それだけでとても幸せな気分になる。



…その時

“ピロピロピロピロ…”


鳴っていたのは、葵さんの携帯だった。
葵さんは、少し面倒な顔をしながら、電話に出た。


「…あぁ、俺だ。こんな遅くにどうした…」


葵さんは、話をしながら、部屋を出て行った。

仕事の話なのだろうか。
こんな遅くまで、電話がかかってくるなんて、社長という立場は大変なのだろう。

少し時間がたったころ、葵さんがドアを開けた。
葵さんは、すでにスーツに着替えており、出かける様子だ。


「花梨、悪いが仕事で出かけてくる。先に寝ていてくれ…」

「…はい。お気をつけて…」


葵さんがパタンとドアを閉めると、自分でも驚いたが、急に寂しい気持ちになる。
葵さんと一緒にいることが、あんなに緊張していたのに、今は寂しいなんて自分が信じられない。
今まで気にならなかった、時計の秒針が動く音も、コチコチコチ…とやけに大きな音に聞こえるのが不思議だ。


私は飲み終えたマグカップを洗い、すぐにベッドに戻った。
体が温まったこともあり、いつしか私は眠っていたようだ。



どれだけ時間が経ったころだろう、ベッドに葵さんが戻った気配を感じて目が覚めた。
葵さんの顔をそっと覗き込むと、疲れているのか、眉間にしわを少し寄せて目を閉じている葵さんがいた。

目を閉じている顔も、とても美しいと思ってしまう。
少し疲れた表情も、どこか男の色気があるようで見惚れてしまいそうだ。


しかし、なぜか葵さんに、少しだけ違和感を感じる。
なぜだろうと、思っていると、あることに気が付いてしまった。
葵さんから、いつもと違う甘い香りがする。



ローズ系の甘い香り…



女性のフレグランスのようだ。



会っていた相手は女性だったのだろうか…




葵さんは、愛や恋は信じないと言っていたけれど、親しくしている女性がいてもおかしくはない。
それに、私は何か言える立場ではない。
あくまでも、形だけの結婚だからだ。


考えないようにしていても、胸が苦しくなる。
胸に何か重い物が、乗ってしまったように締め付けられる。

私は、なんでこんな気持ちになっているのだろう…




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