社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。
パーティー会場に入ると、そこには既に、会社の役員や、仕事の関係者と思われる人たちがたくさん集まっていた。
今まで体験したことのない、華やかな空気に緊張する。
すると、一番初めに声をかけてきたのは、葵さんのお父様でもあり、会長の久我啓介さんだ。
啓介さんはいつも変わらず、優しい笑顔だ。
「花梨さん、今日は一段と綺麗だね。」
啓介さんが、私の肩に触れようとしたとき、葵さんがパシッと手を払いのけた。
「会長、いくら私の父親でも、花梨に気安く触らないでください。花梨は俺の妻です。」
啓介さんはニヤニヤと笑いながら話し始める。
「葵、お前はお父さんに感謝しろよ。こんなに素敵な、花梨さんを見つけたのは、俺なんだからな。すっかり妻を大切にする良い夫だな。」
すると、葵さんは少し怒ったように啓介さんを見た。
照れている表情にも見える。
「俺は、夫として妻を守る義務がある。それだけのことです。」
さらに、パーティー会場の中に進むと、そこにはひと際、目を引く人物が居た。
淡い水色のドレスに、柔らかいレースで作られたショールを羽織っているその姿は、まさに妖精。
今日の主役の、桐ケ谷美和だ。
桐ケ谷美和は私達に気が付くと、笑顔で近づいてきた。
思わず、葵さんの腕を掴んでいる手に、ギュッと力が入ってしまった。
「…葵、待っていたわ。…あらぁ、奥様も来てくださったのですね…」
桐ケ谷美和は、わざとらしい笑顔を見せた。
私が居る反対側の、葵さんのスーツの袖を、何気なくちょっと摘まむ仕草が“あざとい”と思ってしまう。
「葵、この後の段取りを打合せしたいわ。ちょっと来てくれないかしら…奥様はこちらでゆっくりなさって居てくださいね…」
桐ケ谷美和は、強引に葵さんの手を引いて連れて行こうとする。
葵さんは振り返り、慌てたように私に伝えた。
「花梨、俺が戻るまで、秘書の牧田か、会長を探して一緒にいてくれ…」
「…はい。わかりました。」
葵さんに言われた通り、牧田さんと、会長の啓介さんを探そうと、会場を見渡す。
すると、二人ともお客様と話をしていて忙しそうだ。
牧田さん達の話がひと段落するまで、何か飲み物でも貰おうと、グラスに手を伸ばした、…その時。
後ろから誰かが私にぶつかった。