社長と同居しているだけです。結婚に愛は持ち込みません。

突然、“ガタン”という大きな音がした。

そして、ドアが開いたような音がする。



「花梨、大丈夫か?」


聞こえて来たのは、葵さんの声のようだ。
そして、誰かが私の目隠しを外してくれた。


そこに見えたのは、車椅子に乗った葵さんと、秘書の牧田さん、そして警察官が数名だ。


「…葵、なぜここが分ったの?」

桐ケ谷美和は驚きで大きく目を見開いている。


葵さんは、口角と片眉を上げて、うっすらと微笑んだ。


「花梨が見舞いに来てくれた後、会社に行くと言ったから、嫌な予感がしたんだ。だから俺は秘書の牧田に頼んで、花梨にGPSをつけさせたんだ。」


私はそれを聞いて驚いた、いつの間に牧田さんは私にGPSを付けたのだろうか。
全く思い当たらない。


すると、牧田さんが微笑んで話し出した。

「花梨さん、ポケットの中に手を入れてみてください。」

私は半信半疑でジャケットのポケットに手を入れる。
すると、身に覚えのない小さなクマのぬいぐるみが入っていた。


「牧田さん、まさかこのクマさんが…GPSなのですか?」


牧田さんは悪戯な表情をした。

「可愛いでしょ?社長室に花梨さんが来た時に、耳元で話をしながら、そっと入れておいたのですよ。」


そういえば、思い出した。
どこかで盗聴されているかも知れないから、と言って牧田さんは私の耳元で話をしていた。


桐ケ谷美和は、フルフルと震えながら唇を噛みしめていた。


すると葵さんは、桐ケ谷美和に車椅子でゆっくりと近づいた。


「美和、…悪かったな。俺にも責任はある…謝るよ。…でも、美和のしたことは、許されることではない。もう一度、罪を償ったら一からやり直せよ…お前は才能があるのだから大丈夫だ。」


桐ケ谷美和は、その場で崩れるように座り込み、涙を流した。


私は思わず持っていたハンカチを美和に差し出した。


「美和さん、私のハンカチじゃ嫌かもしれないけど…良かったら使ってください。」


すると、そのハンカチを美和はじっと見つめた。


「花梨さん、…あなたはどこまでお人好しなのかしら…優しすぎてバカだわ…でも…葵は幸せね…」


その後、私を拉致した男達と桐ケ谷美和は、警官に連れて行かれた。
後から分かった事だが、その男たちは桐ケ谷喜一郎の事務所で働く男たちだった。




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