花吹雪~夜蝶恋愛録~
気付けば彩は自宅マンションにいた。
どうして、どうやって帰り着いたのか、思い出せない。
もう二度とここへ帰ってくることはないと思っていたのに。
ねぇ、高槻さんって『恭平』っていう名前だったんだね。
こんなことになって知るなんて皮肉な話だね。
あまりに重く張り詰めた静寂の中、けたたましい着信音がその空気をつんざいた。
弾かれたようにスマホを手にすると、画面には高槻の名前があった。
あぁ、やっぱりあのニュースは間違いだったのかと、希望にもすがるように彩は通話ボタンを押したのだけれど。
「ニュース、観ただろう?」
黒川の声。
息が止まり、同時にすべてが繋がった。
「あいつは有能だったのに、俺も残念だよ」
白々しいことを言う。
彩は浅く呼吸を繰り返し、喉の奥から絞るように声を出した。
「あなたが殺したんでしょ」
「そうだよ」
黒川は、いとも簡単にそれを認めた。
「彩。お前がいけないんだよ。お前が俺に隠れて、裏で高槻と逢引なんかしてるから」
「……私の所為?」
「どうやっても俺に落ちないお前との駆け引きを楽しんでいたつもりだったが、高槻に鍵を渡してるのが見えた時には驚いたよ。同時に、俺に金で飼われているだけのゴミ虫共にコケにされたことに心底腹が立った」