朔ちゃんはあきらめない
ひまりちゃんは性欲に振り回されてる

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 なんとなく分かってはいたのだ。デートはわたしばっかり誘ってるなぁ、とか。しかも2回に1回は理由をつけて断られるなぁ、とか。だから驚きはしない。またか、と落胆するだけだ。

「別れたいのは分かった。だけど、理由を教えてほしい」

 やめておけばよいものを、答え合わせのように聞いてしまうのだ。彼ーーもといわたしが別れを承諾したので元彼だがーーは言いづらそうに目を泳がせた。きっとわたしが傷つくと思ったのだろう。やっぱり好きになった頃と変わらずに優しい人だ。だけど、大丈夫だよ。

「そ、その。ひまりの性欲についていけなくて……」

 そう言って振られるのには慣れているから。わたしは「そっか。わかった」とだけ告げて、2人の関係を終わらせた。
 「今まで付き合わせちゃってごめん」と、それは言わないことにした。今までの経験上、謝っても相手が困ってしまうからだ。それに、嫌々していたのかもしれないが、その時は気持ち良さそうにしてたじゃんか、と思ってしまうのも本音だった。




 これで何人目だ?"性欲についていけない"という理由で振られるのは。わたしはベッドに潜り込んで歴代の彼氏を思い返していた。
 えっとー、最初に付き合ったタケルくんが一人目で……。……ん?もしかして、もしかしなくても今まで全員に同じ理由で振られてない?
 意識的に考えないようにしてきた現実を改めて突きつけられて、なかなかのダメージを食らう。わたしってそんなに性欲強いのかな……。そんなことを考えても、答え合わせができないのだ。人それぞれ、その一言に尽きることに正解などなかった。今までの彼氏に「付き合いきれない」と愛想を尽かされたこと、それだけが事実だ。

 え、待って……まさか一生この理由で振られ続けるとかないよね?
 嫌な未来を想像して、その妄想に取り憑かれる。これではいけない。次付き合う人にはこの性欲は隠し通そう。そのためには別のところで解消しなければいけない。
 自慢ではないが、わたしは自分の自制心を信じていない。どこかで発散しなければ、新しくできる彼氏に対して性欲が爆発する未来しか想像できない。そこに対しては絶大な信頼を寄せているのだ。





 「まじで気をつけなよ。居場所は絶対に送ってきてね」と親友のエマに念を押され送り出される。わたしは「了解しました!」と大袈裟に敬礼を返し、待ち合わせ場所へと急いだ。

 元彼に振られた夜に考えて出した結論は"アプリで出会えばいいじゃん!"という、なんとも単純明快なものだった。
 それを閃いた瞬間、早速有名なアプリをインストールし登録をしようと思ったが、ここで現実を突きつけられた。……高校生は使えないじゃん!
 そうなのだ。大手マッチングアプリは満18歳以上が利用できるが、高校生は登録不可であった。しかしわたしはどうしても性欲を発散したい。そこでネットを駆使し、辿り着いた年齢確認不要のアプリで相手を探したのだった。

 とても安全な方法だとは言えない。一応念のため、とエマに相談すれば、「絶対にやめた方がいい」と止められたのだった。そりゃそうだ。わたしも友達にそんなことを言われたら「やめときなよ」と言うだろう。だけど今のわたしにとっては、性欲を発散できる相手を探すことが第一優先事項。しかも緊急課題なのである。
 わたしが熱弁したことによりエマはいよいよ折れてくれた。しかし条件があると。それが先ほど送り出しのときに言っていた"居場所を写真付きで送る"ということだった。




 待ち合わせ場所であるわたしが指定した駅前に着き、ソワソワと落ち着かず相手を待っていた。手持ち無沙汰なわたしはメッセージアプリを開き、待ち合わせ相手とのやり取りを読み返すことにした。
 
 今日会う約束をしているのは、近くの大学に通う19歳のマモルくんという子だ。一応顔写真は交換しており、それを見る限りではなかなかのイケメンだと思う。まぁ、加工されていたら分からないが……。ちなみにわたしは無加工のものを送った。それは会った時にガッカリされたくなかったからだ。会った瞬間、あからさまに態度を悪くされるとさすがに傷つく。
 そして、わたしにとっては一番重要なポイントがあった。何度も言うがわたしは性欲を持て余しているのだ。なので"性欲が強い"これが相手に求める第一条件なわけだ。
 全く面識のない人に『性欲強いですか?』と聞くのはかなりの勇気がいった。いや、面識がある人に聞く方がハードルが高いか?……とりあえず、唐突に下ネタを投げかけるのは恥ずかしいのだ。
 しかしその条件は譲れない。それがなければ危険を犯してまで会う意味がないのだ。勇気を出して聞いたわたしに、マモルくんは『猿みたいにやってる』と答えてくれた。うん、わたしも猿みたいにしたい。それからマモルくんはいかに自分の性欲が強いかということを、実体験を交えながら話してくれたのだ。わたしは期待に胸を膨らませた。マモルくんが居てくれれば、次の彼氏とは別れなくていいかもしれない……!と。
 
 わたしがマモルくんとのやり取りを読み返しながら、いったいどれだけの性欲なのだろう?とワクワクしていると、「ひまりちゃん?」と窺うような声音で名前を呼ばれた。瞬間的に声のした方に顔を向ければ、ふむ。まぁ、多少の加工はしてたのかな?というような容姿のマモルくんが立っていた。でも今日に限っては容姿など二の次だ。とりあえず性欲が強ければそれでいいのだ。

「はい、ひまりです。マモルくんですか?」
「うん!ってか、めっちゃかわいいね!よく言われるでしょ?」
「えー?うふふ。どうでしょー?ありがとうございます」

 実際可愛いとよく言われるのだ。だけどわたしの容姿は諸刃の剣だ。この"清楚"と形容される見た目のお陰でモテてきたと思う。だけどそのせいで、強い性欲との悪いギャップが生まれてしまうのだ。
 "昼は淑女、夜は娼婦"という女性は男の人からしてもたまらなく魅力的なのだろう。だけどわたしは昼も夜も時間帯問わず娼婦なのだ。最初はノリノリで興奮していた彼氏たちもしまいには疲れ果ててしまった、という結果が今日に繋がっている。

「じゃ、早速ホテル行こっか」

 マモルくんは慣れたようにわたしの手を握った。その言葉と行為にどきりとする。いくらわたしが性欲モンスターといえど、好きじゃない人と致すのは今日が初めてなのだ。わたし、マモルくんとできるのかな….?と少しの不安が姿を現した。



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