朔ちゃんはあきらめない
 どうやらマモルくんには行き慣れたホテルがあるようだった。それは教えられたわけではなく、迷いなく進んでゆく彼の歩みからわかったことだ。
 道中、繋いだ手の指の付け根をマモルくんの親指が優しく撫でる。それはすでに愛撫が始まったかのような粘り気のある触れ方だった。もしかしてもう勃ってるんじゃ……?と心配になって、マモルくんの股間辺りを見てしまう。その視線に気づいたのか、「ほんとにセックス好きなんだねぇ」と笑いかけられてぞわりと肌が粟だった。

「ここでいい?」

 とマモルくんはあるラブホテルを前にして歩みを止めた。それはラブホテルを利用したことのないわたしでも目にしたことがあるほど、有名なところだった。綺麗な外観にホッと胸を撫で下ろす。いよいよこの人と本当にするんだ、と心臓がうるさいほどに鼓動を早めた。
 わたしが無言で頷き、了解の意を表したときだった。「あ、いたいた、こっち」とマモルくんが誰かに向かって手を振ったのだ。

「おぉ、めっちゃかわいいじゃん」
「でっしょー?しかもセックス大好きなド淫乱で、ピチピチ女子高生」

 マモルくんはわたしに先程告げた内容の確認を取るように、「ね?」と首を傾げた。わたしはといえば突然現れたもう一人の男にたじろぎ、恐怖した。まさか、最初から計画されていたのだろうか?などと今さら考えても仕方のないことばかりが頭に浮かんでいく。

「やったー!つっても、2つしか歳変わんねぇけど」
「でも、この鞄の中には制服が入ってるんだよねぇ?」

 恐怖でなにも言えないわたしのことなど気にも止めず、彼らは楽しそうに言葉を交わす。制服でラブホテルはダメだろう、と駅のトイレで私服に着替えてきたわたしの鞄を指して、卑下た笑みを浮かべるマモルくんに嫌悪感が湧き出てきた。
 違う、わたしだ。わたしがこの人を自分で選んで、自分でここにやってきたんだ。今になって自分の馬鹿さ加減にほとほと嫌気が差してきた。
 しかし男の人2人だなんて聞いていない。これは受け入れるわけにはいかなかった。

「……わ、わたし、帰ります」
「……はぁ?なに言ってんだよ?」

 初めて聞いたマモルくんの脅す低い声に体が固まる。……いや、初めて聞いたって、何言ってるんだ。わたしこの人のことなにも知らないじゃん。

「2人だなんて聞いてないです……」
「いやいや、ひまりちゃんは性欲お化けのビッチちゃんなんでしょ?」
「そーそー、聞いてるよ。そのせいで彼氏に振られてきたって!」

 わたしの傷口に彼らは無遠慮に塩を塗り込んでいく。口を開けて大笑いしているが、ちっとも面白くない。

「な?だからー、俺ら2人で満足させてやるって言ってんの?」
「気持ちよくなろーぜー?後ろからも前からも犯してやるよ」

 絶対無理!きもい!わたしは急いで踵を返し、この場から逃げようとした。しかし彼らに腕を掴まれ、マモルくんの体にすっぽりと覆い被される。後ろから胸を揉みしだかれ、硬くなって主張しているそれをズボン越しに押し付けられた。

「や、だれか……」

 助けを求めようとしたが、ここは大通りから道を何本も外れたラブホテル街だ。人通りはまばらだし、通ってもみんな自分たちに夢中でわたしのことなど知らんぷりだ。
 もうだめだ……わたしこの人たちに好きなようにされるしかないの?自業自得だとは重々承知している。だけど嫌なものは嫌なのだ。涙が一粒、ぽとりとこぼれ落ちた。

「あっれー?沖くんと市田くんじゃん。こんなとこでなにしてんの?」

 突然降ってきた声に驚いたのはわたしだけではなかったようだ。「お、おう。新堂じゃん」とわたしを掴んでいたマモルくんの腕からも力が抜けた。それを感じとったわたしは一目散にその腕の中から抜け出し、声の主に助けを求めようと駆け寄った。

「大丈夫?もしかして無理矢理?」
「やだなー、そんなわけないじゃん、な?」
「お、おう。合意だよ、合意」
「そー?嫌がってるようにしか見えなかったけど」

 庇うように、わたしの前に立った大きな背中が本当に頼もしい。まるで神様のようだ。いや、この時のわたしにとって彼ーーたしか、マモルくんが新堂と呼んでいたーーは本物の神様だった。

「いや、ほんとに合意なんだって!アプリで知り合った淫乱ビッチなんだよ」

 マモルくんが必死で言い訳しているところを見ると、彼たちの力関係がハッキリと伝わってきた。「2人いるなんて聞いてませんでした……」と、わたしはここぞとばかりに援護射撃をした。

「だって?さすがにそれ隠して会うのはまずいでしょ?今日は諦めて帰ったら?」

 有無を言わさぬ新堂さんの圧にマモルくんとその友達は「ほんと最悪、まじありえん」という捨て台詞を吐いてわたしの前から消えた。




「で?本当に淫乱ビッチちゃんなの?」

 2人が完全に視界から消えたことを確認すると、新堂さんはくるりとわたしに向き直り、完璧な笑顔でわたしに問いかけた。その時初めてはっきりと認識した新堂さんの顔にわたしは言葉を失う。
 だってそれがあまりにもわたしの理想そのものだったから。育ちの良さが顔から出ているほどに穏やかな印象。薄い瞼にキリッとした印象的な瞳。それなのにキツく見えないのは、ぽってりとした唇と細い鼻筋のお陰だろうか。輪郭もシャープで、無駄な余白がないほど小さな顔に上品なパーツがきちんと配置されていた。

「おーい、大丈夫?」

 新堂さんの顔をぽけーっと見つめたまま反応しないわたしを不思議に思ったのだろう。新堂さんは心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「あ、は、はい!あの、助けていただいて、本当にありがとうございました」

 深々とお辞儀をしたわたしに笑いかけた新堂さんは、「なにかあったら連絡しておいで」とわたしに連絡先を告げ「僕も淫乱ビッチちゃん、大好きだよ」と最後に爆弾を放り投げて、待たせていたであろう女の人の元へと走り去った。

 
 わたしの手元には新堂さんの番号が入ったスマートフォン。あんなにかっこいいのだ、絶対に彼女がいるだろう。というか、違うラブホテルの前で新堂さんのことを待っていたのが彼女だろう。それに見た目とは裏腹に女遊びをしている危険な人かもしれない。
 だけど、わたしは絶対に彼に連絡してしまう。なんたって、わたしの自制心の低さは折り紙付きなのだ。
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