朔ちゃんはあきらめない

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 お金持ちっぽいなぁ、とは思っていたのだ。それは身につけているものが洗練されていたり、洋服に皺がなかったり、言動に余裕があったり。新堂さんはお顔だけでなく、醸し出す雰囲気もとても上品だ。
 だけどまさかここまでだったとは……と連れて来られたマンションの高さを見て驚いた。しかも実家じゃなくてここが一人暮らしのマンションだと言うのだから、尚更度肝を抜かれる。
 
「え?ここに住んでるんですか?ホテルではなく?」
「ん?そだよー。親がセキュリティにうるさくてね」

 大事な息子には安全な場所で暮らしてほしい。それは分かるが、限度がありゃしないか?指紋照合をして入ったフロントに起立している警備員の方に頭を下げながら思う。
 いつもより新堂さんとの距離を詰めて歩いてしまうのは、場違いな所へ来てしまった不安な心の現れだろう。そんなわたしに気づいたのか、新堂さんは「そんな緊張しなくても……」と困った様に笑う。いやいや、緊張するなって方が無理です!そもそも好きな人の家に招かれたのだーーその理由が弟のことを紹介するというものだったとしてもーーこの時点で緊張してしまう。それに加えてドラマでしか見たことのないような高級マンション……これは緊張しても致し方なしである。

「弟さんも一緒に住んでるんですか?」

 5、6基もあった中の一つのエレベーターに乗り、カードをかざしたことにより動き出したその中でわたしは疑問を投げかけた。
 たしか高校一年生だと聞いたので普通に考えれば実家に住んでいるだろう。しかし新堂さんが言っていた「いつも帰ってくるの遅いからなぁ」という言葉に引っかかったのだ。

「うーん?転がり込んでるって方が正しいかな?」

 苦笑いを浮かべた新堂さんが「着いたよ」とわたしの腰に手を回しながら、エレベーターの外へと誘導した。まぁ、わたしにとっては紹介される弟のことなどどうでもいいのだ。「へぇ」と気のない返事をし、お洒落な絨毯が敷かれた内廊下に足を下ろした。




 「一応片付けたんだけど」と恥ずかしそうに玄関の扉を開けた新堂さんにドキリとした。女慣れしているのに初心な雰囲気をたまに出してくるの、ほんとに狡いと思う。所謂高スペックというやつをこれでもかと搭載した新堂さんは、ただ突っ立っているだけで女の人が寄ってくるだろう。かくいうわたしもその内の一人なわけだ。
 だけど彼の魅力はそういった表面的なところではない、とわたしは思う。光輝くような明るい雰囲気や穏やかで上品な見た目と言動。一見すると"良い人"としか思えないのに、少し触れた彼からは薄暗い闇の香りがするのだ。本質には決して触れさせてくれない。のらりくらりと交わされ、霧の様に確かにそこにあると分かるのに実態を掴ませてくれないのだ。
 彼はそんな光と影の部分のバランスがとても良い。この人のことを分かってあげたい、分かってあげられるのはわたしだけなんじゃ……?と思わずにはいられない。それがどれだけ傲慢な想いだと気づこうが、他の女の人にそのポジションを明け渡したくない。

 通されたリビングのソファに座り、わたしは借りてきた猫のように両手を握り合わせていた。飲み物を入れてくれていた新堂さんが、カップを2つ両手に持ってこちらにやって来た。それらをことりと優しくテーブルに置きながら「そんな緊張しないでよ」と隣に腰を下ろす。

「この部屋、新堂さんの匂いがします」

 新堂さんがつけている香水は、こう言ってはなんだが彼の見た目とはマッチしていなかった。再三言って申し訳ないが、彼の見た目は上品で高貴なのだ。言うなればどこぞの王子様のような顔をしている。
 そんな新堂さんが好んでいる香りは爽やかさなど微塵も感じさせない、ブランデーの甘い香りと煙草を燻らせたようなスモーキーな香りが合わさったずしりと重いものだった。
 見た目にはマッチしていないが、彼がこれを好む理由は分かる。これは女を従える香りだ。獣のように四つん這いになって足の指先に口づけをし、人としての尊厳など喜んで放棄してかしづいてしまう。そんな香りだ。

「僕の部屋だからねぇ」

 当たり前のことを口にしたわたしに、新堂さんは当たり前の答えを返し、唇に可愛いキスをくれた。

「少しは緊張ほぐれた?」

 いたずらをした少年のような笑みだった。わたしも負けじと駄々をこねるように「まだ足りないです」と返せば「しょうがない子だなぁ」なんて、まるで親のように慈しみの表情を向けてくれる。
 2人の口づけが深くなることは必然だった。用意してくれた飲み物に口をつけることもせず、ただ一心不乱に口づけを交わす。荒くなる息遣いと理性を失いつつある瞳がさらに興奮を掻き立てた。

「あぁーあ、こんなやらしい子アイツに紹介なんてできないなぁ」

 わたしの惚けた顔を見た新堂さんはそう言って、また楽しそうに笑う。

「紹介なんてしなくていい……ずっと新堂さんに挿れててほしい」


 身体の中にある新堂さんの熱を確かに感じるのに、新堂さんはちっとも動こうとしない。焦ったくて頭がおかしくなりそうだ。もっと気持ちよくなりたくて、急かすように腰を動かし、身体を彼に押し付けた。
 そんなわたしの行動に「……っあ、えっろい」と苦しそうに顔を歪める新堂さんが愛しい。気を抜けば「すき」と気持ちを吐露してしまいそうになる。そうなれば終わりだ。
 それをしないようにわたしは身体に力を込めた。「んっ、あ、待って、待って……急に締めないで」焦りながら腰を引いた新堂さんを追い詰めるように、わたしはまた身体を押し付ける。深いところで繋がったわたしたちはお互いを見つめ合い、舌を絡ませながら同時に果てた。



 いつもだ。新堂さんと会えば何回も身体を重ねてしまう。今日も少し休んだと思えば、口づけを合図にまたセックスが始まる。最初は可愛かった喘ぎ声も、今じゃ獣のような呻き声に変わっているが、彼はそんなわたしを一等気に入っているみたいだった。

「あー、さいっこう。ほんと気持ちいー」

 自分の快楽のことしか考えていないような腰の動かし方なのに、的確にわたしの気持ち良いところも刺激してくるのだから困る。可愛く見えることも、彼を気持ちよくするテクニックも、全部全部放棄して、"好きだと言わない"それだけを必死で手繰り寄せてわたしは彼の下で喘いでいる。喘いでいるというか、叫んでいる。ここが高級マンションでよかった。壁が薄いところなら苦情がきていただろう。
 あ、イク、すっごい深いのがくる、とそこに全神経を集中させた時だった。

「うっせーんだよ!」

 という怒鳴り声と共に勢いよくリビングの扉を開けて現れたのだ。
 目が覚める様な青。色白の肌に奇抜な髪色が映えている。これがわたしと朔ちゃんとの出会いだった。
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