朔ちゃんはあきらめない
朔ちゃんは青がよく似合う

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 「とりあえず着替えろ」とあられもない姿をした2人ーーしかもその片方は実の兄だーーを目の前にしても動じない弟くんーー恐らく、たがーーは余程肝が据わっていると思う。それともそうならざるを得ないほどにこのような場面に遭遇してきたのだろうか?新堂さんの弟ならあり得る、と弟くんに同情の気持ちを向けた。いや、今回はわたしも共犯者で土下座案件なのだけど。
 謝りながらいそいそと着替えるわたしを尻目に、怒られているもう一人の張本人である新堂さんはヘラヘラと「今日帰って来るの早かったね」だなんて笑いかけている。弟の前で萎えたちんちん見せて恥ずかしくないのか?と思ったが、そこは重要なポイントではないのだろう。

「いーからとっとと着替えろよ!」

 床に散らばった新堂さんの服をかき集め、顔面に投げつけた弟くんはわたしを一瞥して「ちっ」と舌打ちをした。……怖い。
 新堂さんはどこ吹く風でのそのそと着替え始め、パンツとズボンを身につけるとそのままどこかに立ち去ってしまった。え?この状況で2人っきりにするか?今までで一番理解できない行動である。
 弟くんと絶対に目を合わせたくないのはわたしが犯した大失態のせいだけではない。それは彼が今まで関わってきたことがない人種だったからである。
 クリっとした目の幼さを残す可愛い顔立ちにそぐわないほどのピアスの数。チラリと見ただけなので正確な数は分からないが、確実に眉と口元についてた。真っ青な髪の隙間から覗く耳にも。そしてその白い肌には、殴られたとしか思えないような痛々しい痣が広がっていた。……いや、絶対もうヤンキーじゃん。怖すぎるよ。沈黙が肌を刺す様に痛い。話しかけられても困るけれど。あれ、でもこれ確実にわたしが謝るべき案件だね?そんな当然のことに今さら気づき、逸らしていた視線を弟くんへと向けた。その瞬間にバチっと音を感じるほど確かに視線が合い、今の今まで彼に見られていたことを悟る。
 しかし、視線が合うや否やふいっと逸らされた顔。そのピアスがついた耳が赤く染まっていることに気づき、肩の力が抜けた。

「あ、あの。ごめんなさい……」

 わたしが口にした謝罪に対して、彼は顔を背けたまま「いや、べつに」と素っ気なく返しただけだった。気まずい空気が流れる空間に「飲み物入れ直してきたー」となんとも気の抜ける新堂さんの声が響く。そんなことのためにわたしたちを2人きりにしたのか……。
 しかし先ほどまでの激しい行為と、思いもよらぬ出来事に喉はカラカラだ。「ありがとうございます」と素直に受け取り喉に流し込めば、鼻に抜けるオレンジの香りにスッと頭が冴えた。

「わ、おいしい!これただの水じゃないんですか?」
「そーそー。えーと、なんだっけ?朔が作ってくれたんだよね」

 そう言った新堂さんの視線の先には青い髪をした弟くん。どうやら朔という名前らしい。へー、弟くんが作ったんだ……え!?まじで!?驚いて二度見してしまったわたしを見て、弟くんは「なんだよ?」と丸い目をじとりと細めた。

「いえ、なんでもありません」

 まさかヤンキーがおしゃれ水ーーそもそもこの呼び方がオシャレではないーーを自作したなんて、とは口が裂けても言えなかった。

「あ、そうだ!改めて紹介するね。僕の弟の朔です」

 え、待って。この状況で紹介する?服を着たとはいえ、さっき情事を目撃されたばかりだ。弟くんだって気まずいであろう。
 案の定、はぁ?という怪訝な顔をしている弟くんなどには目もくれず、新堂さんはわたしの紹介へと移った。わたしたちの間柄をなんと紹介するのだろう。そればかりが気になる。

「で、こちらが友達のひまりちゃん。高3だよ」

 あ、友達なんだ。もちろん彼女ではないし、そりゃセフレとは言えないだろう。そう言うしかなかったことは理解できる。だけど恐ろしいのは、新堂さんなら本気の本気でわたしのことを友達だと思っていそうだ、ということだ。

「は?友達があんなことすんのかよ?」

 それはまごうことなき嫌味だろう。その証拠にそう言った弟くんの口は嫌悪感に歪んでいる。だけど新堂さんは気づかない。それともあえて気づいていないふりをしているのかな?「あんなことって?」と小学生でも分かるであろう指示語に疑問を示した。

「……あんなことだよ、分かるだろ!?」

 ぐっと言葉に詰まった弟くんは先ほどと同じ言葉を繰り返す。それを見て「あぁ、セックスね」と弟くんがあえて言わなかったーーというか言えなかった?ーー言葉を明確に口にした。新堂さんって、ほんと陰湿な性格してる。

「彼女じゃないのかよ?」

 それは視線からしてわたしに投げかけられている質問だと思った。ちらりと新堂さんの方を見れば、彼は首を傾げて笑うだけだ。わたしに助け舟を出す気がないことがよく分かる。

「彼女ではないです……セフレ?かと」
「お前、いい加減にしないとまじで刺されるぞ」

 それは新堂さんへの言葉だ。物騒なことを言われた本人はヘラヘラと「ねー?僕も思う」とまるで他人事。はぁ、とため息を吐きながらこめかみを押さえた弟くんを見て、彼の苦労がありありと伝わってきた。ほんと同情します。見た目に反して、弟くんの方が余程常識人のようだ。


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