月のひかり

 思い返すたび、悔しくて悲しくて、そして自分が嫌いになる。自分がどれだけ世間知らずでバカだったのかを、心身の隅々まで刻み込まれた。
 その時の気分による勢いだったとはいえ、相手のことを信じていたから頼った。気持ちを全部変えてしまいたかったから、頻繁な誘いにも毎回応じた。会っている時の相手は常に優しかったから、行動に多少強引なところがあっても気にしなかった。気にしないようにした。
 しかし、そうやって付き合っている間、内心ではあざけり笑っていたのだ。相手──あの久御坂は。
 それがわかったのは三週間ほど前、例のホテルに連れていかれた夜だった。直前にかなり飲まされていたし、その時点でも、相手を特別に好きになってはいなかった。にもかかわらず、ホテルに入ることを拒まなかったのは、心にずっとくすぶっていた思いがやけに強まっていたからだ。わたしだって子供じゃないんだからという、対抗意識のようなもの。
 だいぶ酔ってはいたけれど、場所があのホテルでなかったら、そんなふうには思わなかったかも知れない。理由がわかっていたからこそ、あの時の紗綾は余計に意地になっていて、結果的に最後まで抵抗しなかった。少なくとも相手はこちらを好きでいると、疑っていなかったことも一因と言える。
 ひどく疲れて少し眠り、何時だかわからない頃に目を覚まして──久御坂が、携帯で友達と話しているらしい声を聞いているうちに、初めて飲み込めたのだった。自分が、ゲームの対象にされていたことを。
 久御坂は、紗綾が起きていたのには気づいていなかっただろう。それまでの相手からは想像できないほど乱暴な言葉遣いで、冷淡な口調で……紗綾を恋愛対象として見たことなど一度もない、それどころか、女の子をまともに人間扱いしていないのが嫌でもわかる、そういう内容を遠慮なくしゃべっていたから。
 あまりにもショックで、起き上がることも、体をそちらへ向けることもできなかった。
 何もかもが嘘だったことに加え、そのことに全く気づかなかった自分自身にも衝撃を受けた。
 それから後は眠ることができず、かと言って相手の目の前で逃げ出す度胸もなかったから、電話を終えた久御坂が再び寝たのを見計らい、外が明るくなる頃に合わせてホテルを出た。もしかしたら久御坂は寝入っていなかったかも知れないが、気づかれていたとしてもかまわないと思った。ともかくその場所から、相手から早く離れたかった。
 前日から母親は夜勤だったから、家に帰った時は誰もいなかった。何時間かして帰ってきた母親に、『大学行かないの』『臨時で今日も夜勤になったから、母さんもちょっと寝るわね』などと声をかけられたが、頭が痛いから今日は休むとか、わかったとか返事したのみで、自分の部屋からは出なかった。
 一人でいる間、何度かうとうとした以外の時間は泣きっぱなしだった。泣きすぎて、しまいには本当に頭痛がした。夕方、母親が出かけた後にお風呂に入り、髪と体をしつこいぐらいに洗った。一時間以上かけて、皮膚が少しひりひりしてくるまで。
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