強引でロマンチストなホテル王に溺愛されました。
 でも――。

「ウェヌスなんて、関係ない」

「え?」

 あれだけ望んでいたはずなのに、簡単に関係ないと言ってのけるケント。


 自分のウェヌス探すために今まで色んな女性と関係を持っていたのではないの?

 そのために、私を追いかけてウェヌスかどうか確かめると言ったのではないの?


「確かに俺は自分のウェヌスを探していた。でも依子と会って、お前のことが可愛くて仕方なくて……」

 頬に添えられていた手が髪を撫で、愛おしそうな目で見下ろされた。

「ウフィツィ美術館で改めて絵画を見たとき、お前はあの絵画とは似ても似つかないと思ったよ。俺が理想としていたウェヌスとは違うと」

 ならどうして? という言葉は、愛情の奥に宿る独占欲にも似た欲望の眼差しに押し込められる。


「そして、理想とは違うのに俺は依子を欲してると分かった」

「え?」

「ウェヌスなんて関係ない。理想の女神なんていらない。俺が欲しいのは、俺が好きなのは、南 依子という一人の女だけだ」

「っ!」


 不安なんて一瞬で吹き飛ばしてくれる言葉だった。

 深かった傷も、忘れさせてくれる言葉だった。


 ただ一人を……私だけを望んでくれる言葉だったから。


 それだけでも涙が零れそうなほどに嬉しかったというのに、ケントは私の左手を取りそのままひざまづく。
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