はるか【完】
暴君




―――「どけ」


私は‘その人’を見た事があった。
けど、あたしの知ってる限り、金髪ではなく綺麗な黒髪をしていた。







夏休み終盤になる頃には、莉子が言っていた‘一途’という事が分かった気がした。


裕太が持っているバイクに二人乗りで少し遠くの夜景を見に連れて行ってくれたり。

繁華街で手を繋いで、私の行きたいところに行ってくれたり。

裕太の部屋で二人きりになれば、「おいでー」と言い、私に甘えてきたり。


裕太のバイトがない日は、ほとんど会っていた気がする。

高2の夏休みは、ほとんど裕太で埋め尽くされていた。


『おやすみ』


毎晩、私にそう電話してくれる裕太は、今のところ優しくていい彼氏だった。






もう何度目かの裕太の部屋。
そういう流れになった私と裕太は、薄暗い中、お互い裸になり、ベットの中にいた。


行為中、まだまだ人肌になれない私は、裕太の首元に腕を回すことしか出来なかった。







「―――大丈夫?」

「うん」

「痛み止めとか飲んだ方が⋯」

「大丈夫だってば」


行為がすみ、裕太にベットの中で腕枕をされ抱きしめられていて。


正直、私は気持ちいいという感覚はなかった。



「裕太が気持ちよかったなら、良かった」


私は裕太の腕の中でクスクスと笑った。



「俺、遥のことマジで好きかも⋯」

「え?」


急にどうしたの?


「遥は? 俺の事好きになった?」


そう言われて、戸惑う自分がいた。
裕太と付き合った時は、お互い好き同士では無かった。

そんな裕太が、私の事を好きと言い。


好きかと聞かれれば好き。
でもそれが恋愛感情なのか、分からなくて。

好きじゃないと言えば、優しい裕太が傷つくのが目に見えているから。


「うん」


嬉しそうに笑う裕太は、私を強く抱きしめた。





魏心会(ぎしんかい)。
その名前は私達の中では有名だった。
主に西高の生徒メインの暴走族。

そのメンバーに入ってる裕太。


というか、カラオケで遊んでいたあの4人の男達は、みんな魏心会のメンバーらしく。




あと2日で夏休みが終わる日の夕方。

夏休み中に潤くんと付き合ったらしい莉子と、潤くんと裕太を待っている時、「今の総長、知ってる?」と、莉子が聞いてきて。


「聖(ひじり)っていう人じゃなかった?」


私は、噂で聞いた名前を答える。顔も見たことがない人。


「そう、山本聖さん。幹部は知ってる?」

「あんまり⋯」

「3人いるらしいよ」

「3人?」

「そう、橋本薫(かおる)さん、矢島昴(すばる)さん。そんで、高島良って人」


最後の名前には、聞き覚えがあった。

裕太と同じ中学で、‘不良’な人。

「裕太くん、薫さんって人に憧れてるらしいよ」

「⋯憧れてる?」

「薫さんも、裕太くんを気に入ってるって潤が言ってた」

「そうなんだ⋯」

「昴さんはすごくかっこいいんだって」

「うん⋯」

「浮気すんなよって、めちゃくちゃ言われるぐらい」

「うん」

「絶対逆らうなよ?って。総長とか幹部の人達に逆らえるわけないじゃんね」

「だね」

「2人遅いね、まだかなあ―――」

「ねえ、莉子」

「何?」

「高島良って、どんな人?潤くん、何か言ってた?」


いつもより化粧の濃い莉子が、私に目を向ける。


「あー、言ってたよ。近づくなって」


近づくな?
逆らうなではなくて?


「その人、やばいんだって。聖さん達は一個上で、高島良は私らと同い年だけど、狂ったように喧嘩してるらしい。女の子でも容赦ないって」

「⋯」

「遥も、絶対に近づかない方がいいよ。裕太くんの女って言っても、高島良には関係ないらしいから」

「⋯そうなんだ⋯」

「聖さん達と、高島良が昔からの幼なじみなんだって。だから仲良いみたいだけど。チラホラそういう声は上がってるらしい」

「⋯声?」

「やりすぎだって」

「やりすぎ?」

「暴君すぎってこと。みんな高島良が歩けば、直ぐに道をあけるらしいよ。自分に被害がないように」

「⋯」

「でも、他校から守ってるのは高島良に変わりはないから。みんな1目置いてるって。何だかんだ頼れる存在だとか⋯」

「⋯」

「でも、暴力する相手に見境がないって、どうかと思うけどね」

「⋯⋯だね」




莉子の会話を聞きながら、私は約1年前のことを思い出していた。







揺れる電車内。

騒がしい声。


―――「どけ」


低い声。

冷めきった瞳。

綺麗な髪。



―――「あいつ、西高の高島だよ」


西高の、高島良。







「ごめん、遅くなった」

「もー!遅いよ〜!」

「悪ぃって、向こう事故ってたんだよ」


待ち合わせより10分ほど遅れてきた裕太と、潤くん。


「ごめん遥。暑かっただろ?」

そう言って、私にヘルメットを渡す、本人はノーヘルの裕太。


「ううん、大丈夫」

これぐらいの暑さ、何ともないから。
もっともっと、暑い時期はあったから。



「本当に行ってもいいの?」

「うん、もう話は通してあるから」

「そっか」

「一応初日は、挨拶しないといけない決まりにはなってるけどな。大丈夫だよ、いい人達だから」


⋯挨拶。



私達が今から行くところは、魏神会の溜まり場らしい。
一応女人禁制らしいけど、メンバーの彼女だったら出入りは大丈夫なんだとか。
兄弟なら女もOKとか言っていて、あまりよく分からない決め方。




バイクを囲みながら、煙草をすい、何かを喋っているグループ。

工具を置いて、バイクをいじっているグループ。


他にも色んな派手な人達がいて、30人ほどの男達が、その場でたむろっていた。



「お、裕太、女連れ?」

「珍しー」

「そう、遥」

「潤もじゃん、そっちは?」

「莉子。中に誰いる?」



バイクをおりて、少しだけ歩けば、そのたむろっている男達に話しかけられ。

この人たちが、魏神会の一員。
つまりは暴走族。


「聖さん、さっき中に入っていってた」


聖さん。
暴走族の総長の名前だと、ぼんやりと思い。



「そ、挨拶してくるわ、後でな」

「おー」


裕太に手を引かれ、私は奥の方にある小さい二階建ての倉庫みたいな場所へも向かった。
倉庫なのに二階建てって分かったのは、中ではなく、外に2階へと登る階段があるからで。



その階段を登る私達4人。


「ねぇ、なんで挨拶するの?」


ふと、後ろにいる莉子が質問を口にし。


「そういう決まりなんだよ。知らねぇやつがここにいれば誰?ってなるだろ。女でも、他校の密偵かもしれないしな」

「ふーん」

「だからここに連れてくる女は簡単に連れて来られるわけじゃない」

「そうなの?」

「そうだろ、付き合ってる女自体、密偵かもしれねぇしな」


密偵⋯、スパイってこと。


「私の事、信用してくれてるって事ね」


ここへ連れてくるってことは。


「だな、俺は莉子で二人目」

「それムカつくから言わなくていい」


私は、手を繋ぐ裕太をちらりと見た。裕太は私の視線に気づき、優しい笑顔を向けてきて。



「俺は遥が初めて」



莉子と潤くんの会話が聞こえていたらしい裕太は、穏やかにそう言って。

少し嬉しくなった私は、もしかしたら裕太の事が好きなのかもしれない⋯とか、思ったりして。



まだ完全に裕太の事を好きになれていない私は、「うん」とは言ったことはあるけど、直接裕太に「好き」と言えないでいた。


穏やかそうな人だと思った。

2階へと登れば、そこには2つの扉があり。
奥の方はトイレ。
手前の部屋をノックした裕太がその扉を開き。

そこにいたのは、1人の男性。


「遥ちゃんと莉子ちゃんね。よろしく」


山本聖さん。ここのトップの人。
無意識に私は、怖い不良だと決めつけていた。
けれども想像とは違い、優しく穏やかに笑っていて。
裕太と顔つきは違うけれど、少し裕太と同じタイプだと思った。



挨拶という紹介は、1分もかからず、ほんの数秒で終わった。


「びびったあー、マジかっこいい」

莉子が呟く。


確かにカッコイイと思った。穏やかな雰囲気だけど、全く悪くない容姿。けど、不良っぽくない総長。


「残念、聖さんもう女いるからな」

「へぇ、そうなの?」

「そ、すげぇ美人」


来た時と同じように莉子と潤の会話を聞きながら階段をおりようとして。

少し違うのは、先頭は莉子達で。
私と裕太はその後に続いて階段をおりていた。


その時、前を歩いていた2人が途中で止まり。
前が止まったから、自動的に私たちも歩けなくなり。


4人とも止まったはずなのに、カンカンカン⋯と、誰かの階段を登ること音が聞こえてきて。


その時、私の手を繋いでいた裕太が、まるで私を隠すように体を動かした。



「おつかれっす」

そう発したのは、潤くんだった。

‘その人’が私達を通り過ぎる時、裕太は‘その人’に軽く頭を下げる動作をして。
私を隠している裕太がいるから、私は‘その人’の後ろ姿しか見えなかった。

高い身長。
どちらかといえば細い体つき。
痛みの知らないサラッとした短い黒い髪。


‘その人’は、動じることなく、何も喋ることなく、今まで私達がいた部屋の中へノックもせず入っていき。


「⋯なにあれ、潤が挨拶したのに無視するって⋯」


莉子が不満そうにつぶやいた。


「お前、聞こえるだろ」

小さく言った潤くんは、カンカン⋯と、足を進めた。



「さっきの人誰?」

「この前言っただろ?近づくなって人」

「あ、高島良って人?」

「そう。一応ここでは呼び捨てすんなよ?」

「同い年なのに?」

「だから怒らすとやばいんだって。遥ちゃんも気をつけな」


潤くんが後ろに向き、私にそう言ってきて。

怒らすとやばい男。
それほど不良な彼。

さっき、裕太が彼から私を隠したのは、見られないようにするため?


いつ、殴ってくるかも分からない相手。
暴力をするのに、見境がない人。




それに対してピンと来ないのは、私が‘そういう光景’を見ていないからなのか。









裕太の部屋で2回目となる行為。
やっぱり異物感というか、痛みで顔を歪めてしまう。数回体を重ねれば、この痛みも無くなるのだろうか?


「まだ痛い?」

行為が終わり、申し訳なさそうに言う裕太に、「大丈夫」と答える。


「どこが痛い?」


どこが?
入口付近よりも、中の方がどちらかと痛く。



「奥?」


聞いてくる裕太に、頷き。

裕太は「ごめん⋯」といいながら、そのまま手のひらで私の頬を包み込み。

そう言って、唇を合わせてきた。
そのまま私の頭を撫でてくる。


「⋯ごめんね⋯」


唇が離れ、私は裕太に謝罪した。


「何が?」

「⋯めんどくさくない?」


処女はめんどくさいって言うし。


「別に、そういうのは思わないけど」

「ほんと?」

「逆に俺が下手かもしれない。ごめんな?」


それはないと思った。
だってすごく、こういう行為には慣れている動きをするから。下手ではなくて。

それでもやっぱりまだ裕太の肌に慣れない私は、この行為に気持ちがいいとは思えなかった。



裕太と5回目の行為になる頃には、もう夏休みが終わり、2学期が始まっていた。

痛みは少しマシになっていて、裕太を受け止めることに顔を歪めることは無かった。


けれども気持ちいいだとか、そんなものはなく。

「大丈夫?」と聞く裕太に、どう答えればいいか分からなくて。



「潤から聞いたけどさあ? 裕太くんって、上手らしいじゃん。いいなあー。潤は激しいだけだから」

っていう莉子の言葉も、イマイチよく分からなかった。


けれども行為後は必ず抱きしめてくれる。

「遥」と優しく名前を呼んでくれて、2人で遊ぶ時は必ず送り迎えをしてくれている裕太は、今のところ文句の言い様がないいい彼氏で。



モテるらしい裕太⋯。
上手らしい裕太⋯。
優しくていい男。



だからなのか。



9月下旬、私のスマホに『裕太と別れて』という連絡が来たのは、仕方の無いことかもしれない。


私はそれを無視してた。
非通知の無言電話も。
非通知の『別れろ』っていう電話も。

付き合っている限り、仕方ない事だと思ったから。


そう思いながら学校帰り、溜まり場に行こうという裕太からの誘いで、私はいつも待ち合わせしている場所で待っていた。


9月に入って染めた髪が、とても重く感じる。


『もうすぐつく』という裕太からのラインがきていて、私は返信しようと思い指を動かそうとした。


けれども、少し周りが騒がしいことに気づき、私は顔を上へとあげた。

駅前のロータリー。

騒がしい制服を着た学生達。



その中でも一際目立つ黒髪の男。

普通なら普通の髪色なのに、目立つように見えたのは、その男の行動がありえない動きをしているからなのか。


何をするか分からない男。
喧嘩ばかりする男⋯。


あっという間に3人相手を殴り飛ばした高島良は、そのうちの一人を一蹴りすると、不機嫌な雰囲気を出しながらその場を去り。


息切れするほど走ってきた裕太が現れた時には、もう高島良はいなくなっていた。


「ごめん、待った⋯!?」


肩で息をする裕太は、「あっつ⋯」と、肩の部分を上げ頬に流れる汗を拭いていた。


「ううん、ゆっくりでも良かったのに」


私は自分のカバンの中から、ハンカチを取り出した。
「ありがとう」と受け取った裕太は、それで汗を拭き。


「向こう、騒がしいけど、なんかあった?」


裕太がそう言って視線を向ける先は、さっきまで高島良がいた場所だった。


「うん⋯、さっきまで喧嘩してたみたい⋯」

「喧嘩?」

「うん、溜まり場にいる人⋯」

「え?だれ?もういない?」


だれ?



そう言われて、なんて言えばいいか分からず。


「潤くんが気をつけてっていってた人」


何故か、名前を言うことが出来なかった。


「ああ、良くんな」


けど、すぐに分かってくれたらしい裕太は、「これ洗って返すわ」と、ハンカチを自身のポケットに入れ、私の手を握った。


「遥、遅れてきた俺が言うのもなんだけど、そういう時は離れていいから」

「え?」

「最悪の場合、乱闘に巻き込まれるかもしれないし」


高島良の喧嘩に巻き込まれる⋯。
その前に離れろってこと。


「うん、わかった」


私はにこりと笑いながら、
先程の光景をずっと思い出していた。




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