はるか【完】
会話

「遥ぁー、鳴ってるよー」


まだまだ暑さが残る残暑というもの。
昼休み、食欲がない私は、机の上を枕にし眠っていて。


誰からか分かっている私は、スマホを見ようともしなかった。



「遥?」


不審に思ったのか、莉子が話しかけてきて。


「いいの、どうせ非通知だから」

「非通知?なんで?」

「裕太関連」

「はあ?裕太くん? ちょっと見せて」


机の上に置いていたスマホを取り、
通話が切れたところで、多分、着信履歴を見た莉子は、「⋯なにこれ⋯」と、顔を歪めた。

「これ、今日の日付じゃん⋯。全部非通知⋯」


30件以降は、自動的に消されてしまう。
ということは30件も今日の昼までにかかってきてるということ。


「充電なくなるよーおかげで」


私は乾いた笑いを出した。


「裕太くん関連って何?」

「『別れて』っていう電話」

「はあ?それ、裕太くん知ってるの?」


莉子はスマホを机の上に置き、不機嫌な声を出した。どうしてか本人の私よりも、怒っている莉子。


「言ってない」

「なんで言ってないの?」

「⋯」


なんで?

こういうものだと思っているから?

それとも⋯。

言わなくていいと思ってるからか。


「言うべきでしょ」

「⋯うん、そのうちね」


またかかってくる非通知がうっとおしくて、私はスマホの電源を落とした。






今日も裕太との行為が始まる。
私をベットに沈めた裕太。

キスをされそうになって腕を回そうとした時、突然、裕太はベットに手を付き体を起こした。


なんで止めたか分からない私は、「どうしたの?」と、裕太に抱きつくはずだった空中で止まった腕を下ろし、裕太を見つめた。


「したくない?」

「⋯え?」

「遥、あんまりよさそうじゃないから」


そんな事ない⋯とは言えなかった。


「⋯どうしてそう思うの?」

「なんか、俺に合わせてる感じがする」


裕太に合わせてる?


「え⋯?」


「したくない?」

返答に困ることを、裕太は言う。

したい?したくない?
―――分からない⋯。



「あの⋯」

「うん」

「もう、痛みとかはないんだけど⋯」

「うん」

「⋯⋯」

「遥、正直に言っていいから」


そう言われても。


「⋯合わせてるって、どんなところ?」

「合わせてるってか、あんまり声も出さないし、つーか、俺の顔もあんまり見ないだろ?」


よく分からなかった。

私はずっと裕太を抱きしめていた。

そう思うと、確かに裕太の顔を見てないかもと思い。



「俺がしたくて、遥は流されてるように見える。仕方なくしてる感じ」

「そんなこと⋯」

「⋯できないだろ?」


答えが出ない私に、裕太は悲しそうに呟く。


「好きなんだ⋯」

「え?」

「遥のこと。初めは遊んでやるって思ってたのに、ちゃんと付き合うって決めてからはマジで好きになっていった⋯。こんなの初めてなんだ⋯」


溜まり場へ連れていった彼女は、私が初めてと言っていた。


「俺、遥のこと大事にしてるつもりなんだけど、それ⋯遥に伝わってない気がする」

「⋯⋯」

「遥、俺の事好き?」

「⋯裕太⋯」

「いつ優しい人から、好きな人に変わった?」

「⋯⋯あの⋯」

「俺としたくねぇよな?」

「⋯」

「どっち?」


―――分からない。

こういう時、なんて言えばいいの⋯。


「裕太とするのは、イヤじゃない⋯」

「うん」

「でも、気持ちいいかって言われたら、分からない⋯。痛いのがおさまったところだから、まだよさが分からないだけかもしれない⋯」

「うん」

「裕太に合わせてたっていうのも、自分じゃ分からなくて⋯。初めてだから⋯、自分でどう動けばいいか分からなくて。そういうふうになっちゃったのかもしれない⋯」

「うん」


「あたし―――⋯」

「遥」


必死に‘言い訳’をする私を、裕太は優しく見下ろす。


「好き?」


裕太の指が、私の頬をなぞってきて。


「嫌い?」


嫌いじゃない。
私は顔を横にふった。
嫌いだったら、こんな事しない。


「それとも、なんとも思ってない?」


その言葉に、私は否定出来なくて。


「分かるよ、俺と似てるから」

「え?」

「遥、俺が浮気しても動じないだろ?」


裕太が浮気をしても?


「遥と付き合う前の俺と似てる」


元カノに浮気された裕太。
元カノをそこまで好きじゃないと言っていた⋯。
元カノに合わせていた優しい男。



「どうすれば俺を好きになる?」

「ゆう⋯」

「今以上に優しくなれば、遥は俺の事を好きになるのか?」

「⋯」

「付き合ってるのに、片思いってこんな気分なんだな」


私は何も言えなかった。
だってほとんど、裕太の言う通りだったから。



好き?嫌い?
―――分からない。

だって、なんとも思っていなかったから。

裕太の言う通り、私は裕太に合わせていただけなのだから。


―――私は‘優しい人’が、好きなんだから。



10月上旬、莉子と一緒に溜まり場へ来ていた。
倉庫近くの影でコンビニで買ったお茶を飲みながら、ぼんやりと少し離れたところで潤くんと話す裕太を眺めていた。

裕太とあの話し合いをして以来、裕太は私を抱かなくなった。
裕太の部屋に行っても、裕太は私に手を出さなくて。

一緒に寝たりはするけれど、私を引き寄せるだけで、服を脱がしてくることは無くて。



「まだあの電話くんの?」


アイスを食べながら、莉子は呟く。


非通知の事だと直ぐに分かった私は、「うん」と答える。


「裕太くんには?」

「⋯言ってない⋯」

「はあ?まだ言ってないの?」

「うん」

「なんでよ」


なんで?


「まだ電話だけだし」

「そうじゃなくて⋯、その女、やばい奴だったらどーすんの?」

「やばい奴?」

「西高とか清光ってさ、レイプとか当たり前じゃん」


アイスを食べ終わった莉子は、そのゴミを袋の中に入れた。

レイプ⋯。
あまり好きじゃない言葉。


「そういうことしてくる女かもしれないよ」

「うん」

「今度、西高の文化祭行くし、電話の相手が西高にいればやばいじゃん。そんときに何かされるかもしれない。気をつけた方がいい」

「⋯だね」

「早いうちに言っときな―――ゴミ捨ててくる」



莉子は立ち上がると、ゴミを捨てに歩いていき。

私は非通知がかかってくるスマホを見つめ、げんなりとしながらため息をついた時、背後から……カタ……という小さな音が聞こえた。


莉子に言われたばかりだからか、その音に驚いてバッと後ろを向いた。

そこにあったのは、人影。
というより、誰かの足。



誰?
今の話、聞かれてた?
そう思って、壁で隠れているその人の方へと体を動かした。

その人物を見た時、思わず呼吸を忘れた。


そこにいたのは、日陰になって休んでる…高島良で…。


死角になっていたらしい場所にいた彼は、私はの方を見ていた。


視線が、絡み合う。



私を睨みつけているかのように見える冷たい瞳。


「ごめんなさい⋯、いるとは思わなくて⋯」

この距離だ。
きっと聞かれてた。
今の話。

そう思った私の心は、そのせいかドキドキと心が動いていて。


高島良はフッと私から視線をそらすと、どこかへ行こうと思ったのか、立ち上がる気配をみせて。


「あ⋯、あの⋯⋯」


私は自分から声をかけたのに、思わず下を向いてしまった。


「良くんは⋯どう思う?」

「⋯」

「言った方がいい?」


私はゆっくり顔を上へあげた。
私を見つめてくる良くんの視線は、やっぱり冷たく。


近づかない方がいい男。


「⋯知るかよ」

私の質問に答えてくれて。



「そういうのは俺もよりも、先に言うやつがいるだろ」


冷たい口調⋯。めんどくさいっていう感じの喋り方。
なのに、返事はくれる。
喧嘩相手に見境のない男⋯。



「え?」

「お前、裕太の女だろ?」


知ってたの?と、心で呟く。
私と喋ったことも無い。
裕太が言った?
分からない。

でも、私という人物を認識してくれていたことは確かで。






「裕太に言え。あいつはそういうケジメつけらんねぇ男じゃない」


良くんはそういうと、今度こそ立ち上がり、2階へと登る階段へと向かい。

私はその後ろ姿を見ながら、どうして「近づかない方いい」って言われているのかと思った。


見境がない?

そうだろうか?


見境がないのは、こうして非通知の電話をかけてくる女の方じゃないかと、思ったりして。



―――「どけ」
あの時の出来事を思い出す。


―――だって良くんは、私の中では‘優しい人’という認識なのだから。



私の好きなタイプは、優しい人。
絶対に私を傷つけない人。

裕太はそのタイプだった。



今日も家の前まで送ってくれた裕太は、優しい男で。あの話し合いから、本当に優しくなった裕太。
今までも優しかったけれど、雰囲気というか、私を見つめてくる視線がとても柔らかくて。

本当に、私で適当に遊ぼうなんて、思っていたことさえ忘れてしまうぐらいだった。



「これ、いつから?」


驚いた声を出す裕太は、私のスマホを操作して眉間にシワを寄せた。
少しだけ低い声を出した裕太は、「電話だけ?他には?」と、私にスマホを返してきて。


「電話だけ。2週間ぐらいかな⋯」

「どんな電話?」

「『別れろ』とか、『裕太を返せ』って」

「分かった、怖かったな、ごめん⋯」


怖かった?
そんな事は思わなかった。
めんどくさいとか、またか⋯気持ち悪いとかは思っていたけど。


「誰からか分かるの?」


「多分、元カノだと思う」

元カノ⋯。


「浮気した人?」

「そう」

「浮気したのに、裕太を返せって言ってくるの?」


それっておかしくない?
自分が浮気しておいて?


「俺の気を引きたかったんだと思う、わざと浮気して」

「気?」

「別れたあと、しばらくしてヨリ戻そうって言われた」

「そうだったの?」

「けど、そん時はもう遥と付き合ってた。女できたから無理って言って⋯、結構ごねられたけど、俺が好きなのは遥だから」

「そう⋯」

「無理って分かったみたいで、それからなんも言わなかったし、俺の中で解決したと思ってた。⋯ごめん」

「ううん⋯それほど裕太の事、好きってことでしょう?」

「それは⋯違う。俺の地位が好きな女だったんだよ」

「地位?」


地位って何?


「俺、幹部の薫さんに気に入られてるんだ」

「うん⋯」


溜まり場で何度か見たことがある。
すごく体が大きい人だった。


「それもあってか時期幹部候補って言われてる」

「幹部候補?」

「それを知っているから、俺とヨリ戻したいって思うんだよ」

「⋯⋯」


暴走族の幹部の女になりたいってこと?

それなのに、他の人と浮気したの?

優しい裕太を傷つけて?


「ごめんな、二度と連絡させないようにするから」

「うん⋯」

「不安にさせてごめん⋯」



不安⋯。

めんどくさいなって思ったのは、‘不安’のひとつなのだろうか。


裕太が何かをしたのか、その日の夜は非通知からの電話は来なかった。







―――熱い⋯

―――体が動かない⋯

―――助けて⋯



もう夏は終わったというのに、悪夢を見た私は、真夜中に目をさました。

思い出したくもない出来事なのに、嫌でも思い出してしまう。何年も前のことが昨日の事のように感じる。

寝汗でびっしょりになった私は、頭をかかえた。


「⋯⋯頭痛いなぁ⋯もう⋯」



悪夢を見る自分がムカつく。
いつこの悪夢から、解放されるのだろうか。


「遥さあ、ダイエットしてるの?」


莉子にそう言われたのは、体育の時間、着替えている最中で。


「うん、少し」

「最近ガリガリじゃん、遥ならダイエットとかいらないっしょ」

「私下半身凄いよ?隠れてるだけ」

「えー。そう?遥あんまり食べないもんね。私太りやすい体質だし羨ましい」


そういう莉子の方が羨ましいよと、心の中で呟いた。
好きなものを食べれて。

食べることをやめれば、私の体は一体どうなるのだろうか。


「そういえば、電話来なくなったんでしょ?」


体操着を着た莉子が、ゴムで髪をまとめながら聞いてきて。

どうして莉子が知ってるんだろうと思った。電話が来なくなったことは、まだ裕太にしか報告していないのに、と。


「あーうん、裕太がしてくれたみたい⋯」

「聞いた聞いた、潤もその時見てたみたい」


情報源は、潤くんらしく。


「潤くん、なんて?」

「裕太くんが女に、遥に手ぇ出したら絶対許さねぇから、って言ってたって。良かったじゃん、裕太くんに言ってよかったでしょ?」

「だね」


莉子は私の顔を見て、不思議そうな顔をする。


「遥?」

「なに?」


「あんま嬉しくなさそうだね?」


そう言われて、え?となる自分がいた。

嬉しくなさそう?
そんな事ない。
電話が鳴らなくなって嬉しいけど。



「そんな事ないよ。裕太に言ってよかった」



私は、体操着を着て、にこりと笑った。










「―――いい度胸してるよね、ほんと」


そう言われたのは、西高のトイレの外でだった。
西高の文化祭へ莉子と一緒に遊びに来たあたしは、「トイレに行くー」という莉子を待っている最中で。



金色に染められた髪、パンダのように目の周りが黒く、パンツが見えそうなほど短いスカートを着た西高の生徒らしい女子が2人、あたしの前にやってきて。



「裕太、返してくんない?」


なんで私の顔を知ってるんだろうと思った。
まあ、知ってるか。
スマホの番号も知られていたぐらいだし。


無視して黙り混む私に、「無視してんじゃねぇよ!」と、裕太の元カノの方ではない金髪女子が騒ぐ。


本気で鬱陶しいと思った。
返してくんない?って私に言うのなら、どうして裕太を手放したのか。

あんたが浮気しなければ、こうなることも無かったのに。


「―――もったいない」


私は、呟く。



「はあ?」

「何言ってんのこいつ、さっさと別れろよ!」

「頭いってんじゃねぇの」

「死ねよ!!」



その時、元カノらしい女に肩をおされ、ドンっと、背中が壁にぶつかった。


死ね?

誰に向かって言ってるの?


死ねと言われて、死ぬと思ってるの?


反吐が出る。
「あんたに裕太はもったいない。馬鹿な女。自業自得よ」

「なっ―――、てめぇふざけんじゃねぇよ!!」



真っ赤な顔をして怒ってるらしい元カノは、右腕を振り上げた。

殴られる。そう思った。
殴られたら殴り返してやる。そう思っていたのに。突然、裕太の元カノらしい化粧の濃い女が消えた。


「きゃあ!!」という、叫び声と共に。


「大丈夫?!」と、元カノの友達は、元カノの方に駆け寄った。
私を殴ろうとした元カノは、何故か廊下で膝と掌を着いていて。


「な、何すんのよ!!!」

大声を出した元カノは、私の方を見た。
というよりも、私の斜め前にいる男へ⋯。その男を見た途端、怒って真っ赤になっていた顔が、真っ青に変わっていく。


―――ヤバい。


例えるなら、そんな顔。


「―――面白そうなことしてんな」


低い声。
私の視界に入ってくる細身で、背の高い男は、元カノ方へと近づいていく。

その男はしゃがみこんでいる元カノの胸ぐらを掴み、「なあ、なにしてるわけ?」と、今にも殴りかかろうとする勢いで。


元カノも、元カノの友達も、カタカタと体を震わせて何も言えず。

近づかない方がいい男。


「メンバーの女に手ぇ出すって、俺に喧嘩売ってんのと同じだよなぁ?」


メンバー⋯、裕太の彼女だから?


「あ、あたし、裕太と付き合ってたの⋯!だからっ⋯」


逃げるためか、言い訳をし始める元カノは、酷く怯えていて。

「お前なんか知らねぇよ」


暴走族の溜まり場へ、連れていったのは私が初めてだと言っていた裕太。
ということはつまり、彼にとって、裕太の彼女と認識しているのは私だけでは?


胸ぐらを掴んでいる方とは逆の手が、振り上げられる。


私はその光景を止めなかった。



「良」


けれども、やけに艶のある声が、彼を止めた。


「やめとけ」


ありえないぐらい、綺麗な顔をしている人。
魏神会の、幹部の1人。
矢島昴さんだった。

モデルのように整った顔つき。


「何があったか知らないけど、君たち、もう行きな」


昴さんが元カノたちに言い、良くんの手から逃れた彼女たちは、バタバタとその場から離れていき。


「大丈夫?」


私に話しかけてきた綺麗な男⋯。
昴さんは「遥ちゃんだっけ?」と、私の名前を覚えていたみたいで。


私は昴さんが話しかけてきたことよりも、もう歩きだしてこの場から離れようとしている黒髪の男の方が気になって仕方がなかった。


「大丈夫です⋯」

「何かあった?」


何か?
絡まれているところを、良くんが助けてくれた。ただそれだけの事。


「いえ⋯」

「うそっ、昴さん!?こんにちわ!!」


その時、トイレから出てきた莉子が、昴さんを見た瞬間ハイテンションで近づいてきて。


「こんにちは」


穏やかそうに笑う昴さんはやっぱりかっこよくて。
きゃあきゃあと騒ぐ莉子。

でも、私は昴さんの方ではなく、視線を横に向けていた。
もう見えなくなった背中⋯。


お礼さえも言えていない私は、どうして良くんが「近づかない方がいい」と言われているのか考えていた。

今まで何度も思ったこと。

たくさん考えても、導く答えは出なかった。


その後、裕太と潤くんがやってきて昴さんに挨拶していた。
そんな昴さんは自身のスマホに何かの連絡が来た後、急用の用事が出来たか分からないけど、走ってその場を去っていってた。


ずっと「昴さんかっこいい!!」と連呼している莉子は、ハイテンションのままで。



「どこか回りたいとこある?」

と、私の手を握りながら、歩き出す裕太に「どこでも」と答える。


せっかく裕太の学校の文化祭なのに、裕太が私を楽しませようとしている事が分かっていたのに、私はどこか上の空だった。


さっきの出来事が忘れられず。


綺麗な黒髪を思い出していた。


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