ちょうどいいので結婚します
 個室の店に入ると、功至はすぐに二人分の注文を済ませた。選んだのは千幸の好きなものだった。酒も頼んでいた。
「一柳さん、私、お酒は」
「ああ、酔ってもいいですよ。どうぞ」
 功至は口角を少し上げてそう言った。
「あの、」
「こうしていても日は過ぎますからね。さっさと入籍してしまいましょう。いつにします? なるべく日取りの良い日を候補に挙げました。さすがに今日は考えて来てくれてますよね?」

 投げやりのような言い方だった。

「一柳さん、お話とはこれですか? 他にあるのでは」
 千幸が言うと、功至は焦点の合わない目を千幸に向けた。

「ふっ、これですよ。破談にでも出来ると思いました?」

 千幸はぐっと唇を噛んだ。最初からずっと功至に任せきりだった。緊張でうまくやれなくても、功至は寄り添ってくれた。それなら、最後くらいは自分が終わらせるべきではないか。それは千幸にとって自分がで出来る精一杯の功至への気持ちだった。

 功至はいつも何かに追われるように結婚、――入籍を急いだ。まるで、自分自身を追い込んで未練でも断ち切るかのように。そうしないと後ろ髪惹引かれる何か、誰かがいるのだろうか。千幸の頭にははっきりと功至と多華子の姿が浮かんでいた。

 ごくり、飲み込んだサワーの炭酸が喉を刺激した。

「功至さん。もう、良くないですか?」

 功至の瞳が揺れた。千幸のグラスを持つ手は震えていた。
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