ちょうどいいので結婚します
――……


「さて、こんなもんかな」

 功至は書類の束をトントンと揃えた。
「これは千幸(ちゅき)……いや、小宮山さんの分。役に立つといいなぁ。こっちのデータは引継ぎ分。申し送りも完全にっと。ま、何とかなるっしょ」

 式場の仮予約は期日までに解除した。スケジュール共有アプリもアンインストールして、もう何も残っていなかった。

「よし、これで何も無かった。会社の人に婚約してること言ってなくて良かったなぁ」

 清々しい気分とまではいかないが強制的にでも前を向かなければ精神を保っていられなかった。手荒な真似だとわかっていたが功至はなるべく千幸の顔を見たくなかった。見てしまっては気持ちが募るばかりなのがわかっていたからだ。


 数週間後、功至は退職することになっていた。しばらくは自宅で仕事をし、年明けからオフィスを構えることになっていた。最初は新卒でお世話になった先生から仕事を紹介してもらえる手筈は整えた。当初の予定通りとても順調だった。

 後任の福留は真面目な男だし、大丈夫だろう。
「心機一転」

 千幸の事は考えないようにしていた。少ししたら両親に報告して、千幸の両親には謝罪に訪れるつもりだった。仕方がない、短い夢でも見ていたことにしよう。そう自分を納得させていた。

 一つ疑問があるとすれば、千幸が良一と結婚しない理由は何だろうかということだった。考えないようにしてもすぐに千幸の事で頭が、心が支配された。

「いいか。無関係だ、俺は」

 ただもう一度千幸と今までの事を清算しなければと思っていた。最後に一度だけ、困らせてしまうかもしれない。功至はそれでも話したいことがあった。
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