ちょうどいいので結婚します
「僕との結婚に前向きではなかったということですか?」
「いえ、前向きです。一柳さんとお会いする前に一緒にいた男性のことです」
「……誤解。誤解? 友人か親族の方だとばかり。それが誤解とはどういうことでしょう?」

 功至は自分が頭に血がのぼっているのを自覚していたが、どうしても声が固くなってしまった。

「それならいいのです。友人で、幼なじみで、ほぼ親族みたいなものです」
「そうですか、良かったです」
 良かったの部分にはかなり感情がこもっていた。
「あの、一柳さんもいつも石川さんと……」
「誤解です。彼女とは何でもありません。仲の良い友人の一人です」
「そうですか、良かったです」

 千幸も感情をこめてそう言った。

「連絡先」
「あ、そう。連絡先でしたね」

 千幸はそれでやっと自分の右手が暖かいことに気がついた。右手に視線を移すと、自分のスマホを掴んだ右手の上に功至の左手が置かれていた。

 功至はスマホに目を落としたまま一向にに連絡先を教えてくれない千幸に不思議に思い、自分もそちらに視線を移すと、自分の手が千幸の手を握っていることをようやく認識した。

 暖かい、柔らかい。脳が認識すると同時に左手の感覚が甦った。

「あ、すみません。僕が握っていましたね」
「私も、今気がつきました。温かいですね、一柳さんの手」
「そうですか。小宮山さんの手はちっちゃくて可愛い」
「はい?」

 功至は変な事を口走る前に飛びそうな意識を何とか繋ぎ止めて、微笑むに留めた。
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