惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 俺は跪いたまま、顔を上げてエリーゼを見つめた。
 少し気まずそうに俺の事を見つめる彼女を目の前にして、再び会えた喜びと左手の傷への罪悪感で感情がゴチャゴチャになっていた。

 彼女にまた会えた・・・だけど俺のせいで・・・嬉しい・・・苦しい・・・悔しい・・・悲しい・・・。

 こんな俺が彼女を幸せに出来るのか・・・?

 じゃあ、彼女を誰かに譲るのか・・・?

 ・・・・・・それだけは・・・無理だ。

「エリーゼ・・・すまない・・・。どうか・・・この傷の責任を取らせてくれ・・・」

 まだ頭の中が整理出来てない状態で、その言葉は俺の口から零れ出た。

 その瞬間、エリーゼの顔からサーッと表情が消え失せ、その瞳が大きく震え潤みだした。
 俺からの視線をそらすように俯き、必死に唇を噛み締め何かに耐えている彼女を目の当たりにして、俺は取り返しのつかない間違いを犯した事に気付いた。

 違う・・・こんな事を言ってもエリーゼは喜ばない・・・。
 俺の気持ちを伝えなければいけないのに・・・。
 それなのに・・・だが・・・俺にそんな資格あるのか・・・?

 今にも、目の前から消えてしまいそうなエリーゼをなんとか繋ぎ止めるために、俺は必死に言葉を探した。

「一緒に首都へ来てくれないか・・・?俺と一緒に暮らそう・・・何も、不自由することはないから・・・」

「・・・この傷の事なら気にしなくていいよ。もう慣れたし・・・。だから気を遣わないで。私は一人でも大丈夫だから」

 それは昔のエリーゼからは想像がつかない程、冷たく突き放す様な口調だった。

 そう告げた彼女は俺に背を向けた。
 俺はその背中にしがみついてでも、彼女を引き止めたかった。
 手を伸ばし、その肩に触れようとした瞬間、歩き出した彼女は俺の手をすり抜けていった。

「エリーゼ・・・俺は・・・どうしたら・・・」

 エリーゼが俺の傍からいなくなってしまう・・・。
 10年間、どんなに会いたくても寂しくても、一度も涙など流した事は無かったのに・・・。
 俺の瞳からは堪えきれなくなった涙が次々と溢れ出していた。

「ルーカスは、ちゃんと好きな人と一緒になってね・・・。」

 振り返ることなくそう言ったエリーゼの言葉は、少し鼻声で震えていた。

 好きな人・・・?誰よりも大好きな人が目の前にいるのに・・・。
 彼女は何を思って涙を流しているのだろうか・・・?
 俺が泣かせてしまったのか・・・?

 エリーゼが家の中に消え、その扉が閉ざされるのと同時に、彼女の心の扉も固く閉ざされた様に思えた。
 エリーゼの姿が見えなくなった後も、俺は彼女の残像を見つめていた。
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