惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 そこからはひたすら仕事に明け暮れる日々だった。
 1ヶ月で失った信頼関係や事業の損失を取り戻すのには1年という時間を要した。

 傾きかけていた事業をなんとか立て直し、落ち着きを取り戻した俺は再びエリーゼの元へと向かった。
 壊れてしまった俺達の関係も、また1からやり直せばきっと上手くいくはずだ・・・そんな希望を胸に抱かせていた。
 あの別れから約1年振りに姿を現した俺を見て、エリーゼは困惑していたが、構わず質問を投げかけた。

「エリーゼ・・・何か得意な事はあるか?」

 更に困惑する様な表情になったエリーゼは俯き、少しだけ考えると真剣な顔つきで口を開いた。

「・・・・・・・・・刺繍かな・・・」

 エリーゼが・・・刺繍・・・?

 「そんな馬鹿な」と言いかけた言葉をグッと飲み込み、俺は優しく微笑んだ。

「ちょうど良かった・・・頼みたい仕事があるんだ」

 今度、衣服や装身具を取り扱う事業を展開するから、商品となる物に刺繍をしてほしい・・・そんな提案をすると、エリーゼは快く引き受けてくれた。

 凄まじく不器用なエリーゼが刺繍なんてしたら、彼女の指が穴だらけの血塗れになるのではと心配したが、左手小指を失ったリハビリのために昔から続けていたらしく、怪我をするような事は無かった・・・。
 それでも、やはり不器用である事に変わりはなく、常識を逸脱した美的センスも加わって、さすがに売り物にはならなかった・・・。
 それでもエリーゼが一生懸命作った物は、俺にとっては誰にも譲れない宝物になった。

 そうして俺は一度切れてしまったエリーゼとの関係を、再び繋ぐ事に成功した。

 奇しくも、そうなるきっかけを与えてくれた男が今、目の前にいる。
 20歳を迎える男は、宣言通りにエリーゼにプロポーズをするためにここへやって来たという事か・・・
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