惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 俺は水を一頻り(ひとしき)飲み終えると、エリーゼの両肩をガシッと掴み、顔を引き寄せた。

「はぁっはぁっ・・・エリーゼ・・・はぁっ・・・俺と結婚してくれ」
 
 エリーゼは涙目になりながら、困ったように俺を見つめている。真正面からエリーゼと向き合い、その姿を目の当たりにして俺は気付いた。
 俺に勢いよく水を浴びせていたせいで、エリーゼの着ている服もびしょびしょに濡れている。

「エリーゼ・・・こんなになるまで濡れてしまっていたのか・・・早く脱いだ方がいい」

「ぬ・・・濡れ・・・!!?脱ぐ!?濡れてないもん!!脱がないもん!!」

 熟したリンゴの様に真っ赤になって恥ずかしがるエリーゼは、声が裏返る程動揺し、両肩を抱えてフルフルと首を振っている。
 後ずさりし始めた彼女を逃がさないように、俺は一気に距離を詰めた。

 先程は(よこしま)な気持ちのまま迫って驚かせてしまったが、さすがにこれだけ冷水をかけられたらそんな気持ちも洗い流された。
 今はただ、エリーゼが風邪を引いてしまう事の方が問題だ。
 両親が不在な今、夜中に熱でも出してしまったら誰もエリーゼを看病してやれない。

「エリーゼ・・・ああ、こんなに滴る程に濡れてるじゃないか・・・早く何とかした方がいい。自分で出来ないなら、俺に任せてくれ・・・」

 俺はエリーゼの服を脱がせようと、エリーゼの胸元のボタンに手を伸ばした。

「な・・・何をする気よ!!?このド変態!!けだものおおおおおおおおお!!!」

 手の先がボタンに触れた瞬間、俺はエリーゼにとてつもない力で突き飛ばされて壁に激突した。立ち上がる間もなく引き摺られる様に家の外に放り出されると、勢いよく扉が閉ざされた。
 追い討ちをかけるようにガチャりと鍵がかけられる音がして、俺はエリーゼの家から閉め出された事を理解した。

 いつの間にかオレンジ色に染まった空の下で、虚しく吹いた風が水で湿った体を()ぎり、全身を寒気が襲った。
 濡れたエリーゼの事も心配だが、今の俺にはやらなければいけない事が山積みだ。
 俺は濡れた髪をかきあげながら起き上がり、村の人達に不思議そうに見られながら母親の住む実家へと向かった。

 実家に着いた俺は素早く着替えを済ませ、母親と軽く会話を交わした後に首都へ向けて出発した。
 近々、良い知らせを届けるから、2日程予定をあけておいてほしいと伝える事も忘れなかった。

 屋敷へ戻った俺は早速エリーゼとの結婚に向けて準備をするため執務室へと向かった。・・・と言っても、ある程度の算段はこの一週間で既に整えている。
 エリーゼの承諾は得られていないが、いつでも結婚出来るように動いておくべきだろう。

 俺が執務室の扉を開けると、そこには俺の代わりに今日分の仕事を片付けたであろうダンが、燃え尽きた様に机に伏せていた。
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