惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「フフッ・・・またお会いしましたわね・・・それにしても随分とまあ無様な姿ですこと!」

 聞き覚えのある甲高(かんだか)い声が聞こえ、あの衣料品店で会った名前は忘れたけど悪役令嬢が居る事を察した。顔を上げて確認したいが、力が上手く入らない。
 掴まれた腕をグイッと引っ張られ、引きずられる様に悪役令嬢の目の前に突き出される。

 ようやく確認出来たその顔は、令嬢としての(つつし)みなど微塵も感じられない、性悪(しょうわる)な笑みを浮かべ、瞳を見開き私を見つめている。控えめに言ってかなり怖い。
 その両隣には顔を隠す様に口元(くちもと)を布でおおった怪しい男が2人ずつ立っている。

 悪役令嬢はどこから取り出したのか、華やかな扇子で口元を隠し、クイッと顔を上げて見下ろすように視線を私に向けた。

「あなたみたいな人がルーカス様の婚約者だなんて未だに信じられませんわ。可哀想なルーカス様・・・きっとなにか深い事情があるのでしょうね・・・・あなた、勘違いなさらない方が良くってよ?」

 薄っぺらい悲劇のヒロインの様に瞳に涙を滲ませたかと思うと、急に射抜くような鋭い視線で睨みつけられた。
 悔しいけど、彼女の言う通りだった・・・。
 私とルーカスの婚約も、全て惚れ薬によるものだったのだから・・・。
 でもその効果が切れた今、その婚約者ごっこももうおしまいね・・・。

 私は無理やり顔に力を入れて笑みを作り、(かす)れる声をなんとか絞り出す。

「ええ・・・彼の・・・婚約者は・・・ユーリ・・・よ・・・」
 
 ユーリの事を知っているかは分からないけど、きっとユーリ程の美人なら納得して諦めてくれるんじゃないか・・・
 と思ったのだけど、何故か悪役令嬢は「ヒッ」と渇いた悲鳴あげ、真っ青になって凍りついている。

「ユーリ・・・?あのユーリが・・・婚約者ですって・・・!!!?」

 悪役令嬢は親指を噛み締めながら、涙目になりカタカタカタと肩を震わせて戦慄している。

 ・・・ユーリ・・・あなた一体彼女に何をしたの・・・?

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