惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「エリーゼ嬢の左手の手袋・・・彼女の指に合う物も一応、こちらで御用意させていただきますわね」

 その言葉に、チクリと胸が傷んだ。
 恐らく、採寸の際に手袋が外され、あの傷を見られてしまったのだろう・・・。
 予め配慮しておくべきだった・・・。

「・・・彼女がそう言ったのか・・・?」

「いいえ。彼女は普通の手袋をご希望されました」

 そうだろうな・・・。
 彼女はあの傷を隠しているから・・・。
 俺の前でも、あの手袋を外すことはしない。

「ならば必要ない」

 彼女は見ず知らずの人間に傷を見られて平気だったのだろうか・・・。
 何か言われて胸を痛めてないだろうか?

 少し突き放すような言い方をした俺に、店主は何か強い意志を秘めたような視線を向けた。

「サンドロス卿。非礼を承知で言わせていただきますが・・・女性は、愛する男性には自身の体、隅々までも愛してほしいと思うものです。その体にたとえどんな醜い傷があろうともです・・・」

 醜い・・・?醜いだと・・・?

「彼女の体に醜い傷などあるはずが無い。」

 威圧する様な口調になった俺に、怯むことなく店主は口調を強めて言葉を続けた。

「そう思われるなら、彼女が愛する男性の前では安心して手袋を外せるよう、その傷すらも彼女の一部として愛してくださいませ」

 ・・・彼女の傷を・・・愛す・・・?
 俺のせいで傷つけてしまったその傷を愛せと言うのか・・・?
 そんな事など出来るものか・・・!

 だが・・・その傷を愛さないといつ事は、彼女の一部を愛せない・・・ということになるのか・・・?

「手袋のお金はいりませんわ。こちらで勝手にサービスとして御用意させていただきますので」

 言葉を失い佇む俺に、店主はそう言い残すと、忙しそうに奥の部屋へと入っていった。

 俺は胸に刺さった小さな棘の痛みを抱えたまま、今すぐエリーゼの顔が見たくて、足早に彼女の元へと戻った。
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