惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「エリーゼ、待たせたな。行こうか」

 女性従業員と話をしていたようだが、俺が声をかけるとその女性はニコニコと笑みを浮かべながら去っていった。
 エリーゼは不思議そうに俺の顔を見つめている。

「・・・ルーカスって・・・緑色が物凄く好きなの?」

 その問いかけに、俺は一瞬何を言い出したのかと思ったが、すぐにその言葉の意味を理解した。
 さっき意味深にニコニコしていた女性従業員は、きっと俺がこの店でエメラルドの品を多く買っている事をエリーゼに話したのだろう。

 しかし、自分の瞳の色をそんなに気にしていない彼女には、その意味に気付かなかったのだろう。
 本当に勿体ない・・・。
 こんなに綺麗な色をしているのに・・・。

「ああ・・・好きだよ・・・物凄く・・・」

 曇りのない澄んだエメラルドの様に、キラキラと輝くその瞳に何度心を奪われただろうか。
 その瞳に俺の姿が映る度に胸が締め付けられながらも嬉しくなる。
 俺に見つめられて真っ赤になるその顔は、何度見ても見飽きない。

 本当に・・・物凄く、エリーゼが好きだ。

 その瞳が潤みだし、一瞬彼女が泣いてしまうのではないかと思った。
 そんな彼女を見つめながら、俺はさっきの店主の言葉を思い出していた。

 ふいに、俺は彼女の左手の傷が見たいと思った。
 俺はエリーゼの左手を取り、その先を摘んで手袋を脱がそうとした時・・・

「ルーカス!」

 エリーゼが俺を呼ぶ声に我に返り、ハッとしてエリーゼを見た。
 エリーゼは何かに怯えるように俺を見つめていた。

「・・・すまない・・・」

 俺がその手を離すと、エリーゼは右手で左手を握る様にして目を伏せた。

「私も・・・ごめん・・・」

 俺にはそれが何に対する謝罪だったのかは分からなかった。

 6年前・・・俺がエリーゼの小指の事を初めて知った時、彼女は手袋をしていなかった。
 それは偶然だったのか・・・それとも、それまでは手袋をしていなかった・・・?

 エリーゼが小指を失った出来事について、俺達は話をしたことは無い。
 彼女にとって辛い記憶だろうから、思い出させるような事はしたくない。
 彼女が手袋を付けるのは、失った小指の傷を見たくないのだろうと・・・そして人に見られたくないのだろうと思っていた。

 俺とエリーゼが離れていた10年間、彼女は一体どんな思いで過ごしてきたのだろうか・・・。
 俺は勝手にエリーゼの事は全て理解していると思っていた。
 そしてエリーゼも俺の事を理解してくれていると・・・だが・・・

 俺達は思っている以上に、お互いのことをよく分かっていないのかもしれない・・・。
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