惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
「おや・・・?エリーゼ嬢・・・もしかして、君は左手が不自由なのかい?」

 その言葉に私はドキリとして、持っていたティーカップが揺れた。
 零さない様にと両手でティーカップを持つのは私の癖でもある。
 だけどその仕草だけで左手の事に気付くなんて・・・それだけ洞察力が鋭いのだろう。

 ルーカスの話をたくさん聞かせてもらったこともあって、私もこの傷のことをジルさんに正直に話してみたくなった。
 会ったばかりで、少ししか会話もしていないけど、不思議とこの人は信頼出来る人だと思えた。

 緊張して乾いていた喉を紅茶で潤し、私は深呼吸した後、俯いたままゆっくりと話し出した。

「私達が12歳の頃・・・ルーカスと2人でいる時に狼と遭遇した事があるんです・・・。最初に狼に襲いかかられたルーカスを助けようと、彼を突き飛ばした時に、私の左手の小指を食いちぎられました・・・。当時は色々と大変でしたが、今は痛みも無く、小指が無くてもそんなに不自由はしていません」

 私は持っていたティーカップを置き、右手で左手を握った。

「ルーカスはこの傷を自分のせいだと、ずっと気にしているんです。・・・彼が私に対して優しいのは、この傷のせいでもあるんです・・・」

 私が話す間、ジルさんは黙って聞いてくれていた。
 なんとなく顔が合わせずらく、俯いたまま話したので、その表情は伺えない。

「へえ!すごいじゃないか!あのルーカスを君が守ったのかい?」

 思いがけない言葉に、ずっと俯いていた私が顔を上げると、ジルさんは感心する様に私を見つめていた。

「あ・・・はい・・・」

「じゃあその左手の傷は君がルーカスを守った証だね。そう誰でも出来る事じゃないよ」

 ジルさんは優しい眼差しを私に向け、この傷を称えてくれた。
 その言葉に、私は胸がジワジワと熱くなってくるのを感じた。

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