惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい
 私にとってはこの傷は、良い思い出とは言えなかった・・・。
 狼に襲われた恐怖・・・小指を食いちぎられた時の痛み・・・そして・・・・・・ルーカスとの別れ・・・。
 それらを連想させるから、あまり気にしないようにしてきたけど・・・。

 ジルさんが言ってくれた、ルーカスを守った証・・・そう思うと、この傷を誇らしく思えた。

「私も数多く経験した修羅場の中で、多くの傷を体に受けてきたよ。だけど、どれも私にとってはこの国の騎士として戦った誇りでもあるんだ」

 ジルさんは右腕の袖を捲りあげると、肘から手首にかけ、一筋の傷跡が残されていた。

「この傷は鬼神と呼ばれた敵国の将軍との戦いで受けた傷なんだ。かなり手強かったけど、ルーカスの援護もあって2人がかりで討ち取る事が出来たんだよ。あ、ちなみにこっちは騎士団長を守った時の傷でね、これを見せると今でも飯を奢ってくれるんだよ。あとね・・・」

 体のあちこちにある傷跡を見せながら、楽しそうに自分の武勇伝を語るジルさんを見ていると、なんだか私も左手の傷を見てもらいたくなった。

 皆から同情され、誰からも触れられる事の無いこの傷を、ジルさんならきっと笑いながら褒めてくれるかもしれないと、期待してしまった。

 今はルーカスもいないし・・・少しだけならいいかな・・・。

 私は少し緊張しながら左手の手袋を慎重に外した・・・。
 それに気付いたジルさんは興味深そうに私の左手に目を向けた。

 その時だった。

「エリーゼ・・・?」

 その声にハッとし、いつの間にか開いていた扉の方へ顔を向けた。
 そこには見覚えのある表情を浮かべたルーカスが佇んでいた。
 その瞬間、私はこの手袋を外してしまった事を、心の底から後悔した。

 6年前・・・彼が私の左手の失った小指を初めて見た時・・・。
 あの時の彼は、今と同じ顔をしていた。
 絶望し・・・酷く傷付き悲しみに歪む表情を・・・。
 
 だから私は、あの日から手袋を着け始めた。
 彼のそんな顔を二度と見たくはなかったから・・・。
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