酔いしれる情緒
「凛?」
「っ、」
離れる前に気づかれてしまう。
恐る恐ると顔を上げてガラス面に再び視線を当てた。
その先にはさっきまで台本らしきものにあった視線が、今じゃ私の瞳を貫く。
(なんで気づいちゃうんだろ…)
足音だって物音だってたてていないのに、
どのタイミングで私の存在に気がついたのか。
不可解のまま、春はもう一度私の名を呼んだ。
「凛」
真剣な表情とは裏腹に、満面の笑みで。
ドア越しでも聞こえるのだから割と大きな声だったと思う。
バレてしまっては今更逃げ出すなんておかしいし、私は躊躇いながらもドアを開けた。
「おかえり」
「………ただいま」
私のもとへ近づく春。
そんな彼の手には例の書類のような紙。
もちろん意識して
その紙に視線をあててしまうのだけど、
「……っ、なに…」
男にしては真っ直ぐで綺麗な指先が
頬に触れて優しく撫でられると、
全意識は一瞬にしてそっちへ。
「外、寒かったよね。
お湯溜めといたからもう入れるよ。
先にあたたまっておいで?」
「いや、でも……ご飯作らないと」
お腹空いてるでしょ?
そう聞き返せば、春は数回首を横に振った。
「大丈夫。気にしないで」
ニコリ。微笑む彼を見て、
「じゃあ…」と、お風呂場に向かおうとした。
けど。