酔いしれる情緒
ハードルが高い気がします。

生まれて初めてキスをした。



相手は、テレビに映る彼に似た顔を持つ男と。




仕事中もずっとその事ばかりが脳内でループして、何度身体が熱くなったことか。



今日はいつもより寒い気温で、私以外の店員はエプロンの上から上着を羽織るくらい。



いつもなら私もカーディガンを羽織っているけれど、

今日だけはアイツのせいでやけに暑くって、カッターシャツを腕捲りしていた。





そして昼休憩中の今も、





「っ…………」




もちろんその事ばかりだ。




作ってきたお弁当が喉を通らない。


途中まで食べたお弁当はまだ残っているけれど食べる気にならなくて片付けた。



休憩が終わってしまうまで、後10分。




(あー……もう、)




こんなの、私らしくない。



頭を抱えて「はぁ…」っと溜め息。







「どうしたんすか?」





私のせいで不穏な空気が漂う休憩室にやってきたのは、ここの本屋でアルバイトとして働く大学生の慎二(シンジ)くん。



下の名前のように聞こえるその名前が意外にも苗字なのだ。





「頭、痛いんすか?」

「いや…大丈夫。」

「そっすか?」





慎二くんがやってきたから、傾いていた身体を立て直す。





「今から休憩?」

「そっす!」





元気良く返事をする彼はカバンから煙草を取り出した。幼い顔をしているけれど、年齢はしっかり成人済み。





「ここで吸っていいっすか?」

「いいよ」

「あざっす!」





ライターで火をつけると


少しして休憩室内が煙草の匂いで充満した。




煙草の匂いは嫌いじゃない。



実際私も興味本位で成人した瞬間に吸った事があるくらいだから。





だけど煙草の美味しさが全く分からなくて、自然と吸う事はなくなった。

< 84 / 325 >

この作品をシェア

pagetop