海とメロンパンと恋





・・・・・・神様




呼び出したまま
これと言った願い事も言えない私は
門より厳しい建物内に引き込まれ


よろめきながら魔の巣窟のようなキッチンに案内された


「・・・凄い」


ようやく開いた口から出た声はこれ


二十人分を作っている厨房は
業務用の物が揃っていて圧倒される

それに・・・

油汚れなんて見えないほど磨きあげられたコンロも流しも

ワクワクするほど綺麗に光っている

厨房と食堂を繋ぐカウンターの椅子を引き出した男性は


「どうぞ」と私に促した


「・・・ありがとうございます」


大人しくそれに腰掛けると


「俺、秋本陽治《あきもとようじ》二十歳
家事番頭してる」


早速の自己紹介を受けた


・・・二十歳っっ、怖っ

それより
「家事番頭?」
そっちが気になった


「あ〜、っと分かんねぇか
簡単に言えば家事担当のトップね」


充分「分かりました」


「で、アンタは?」


「・・・私は、高橋・・・」


ここは本名を名乗るべき?それとも
魔の巣窟で本名なんて名乗ったら
後々面倒なことにならない?

駆け巡るそれらに出した答えは


「高橋クミ、二十二歳です」


“ル”を抜くことくらいの抵抗だった


「クミちゃんね、じゃあ俺のことは
陽治でも陽ちゃんでも陽キュンでも
呼びやすいので良いから」


「では、陽治さんで」


「クク」
喉を鳴らして笑った陽治さんは
魔の巣窟の案内をしてくれた


家事番頭の彼の左手首はギプスで固められていて

その所為で千代子さんに依頼をしたという


「クミちゃんの仕事は此処の掃除と夕飯作りな」


そう言って足を止めたのは
【ゆ】という暖簾のかかったお風呂だった


確かに千代子さんからもお風呂掃除とは聞いたけれど


「凄っ」


聞いてないからね

こんな、温泉みたいなお風呂のことっ


カラカラと耳心地の良い戸車が止まると
旅館な何かと見紛うような
完璧な岩風呂が現れた




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