海とメロンパンと恋
泣き虫



四国に戻って一番にしたことは

携帯電話の解約だった


「携帯電話を持ってないと不便でしょう?」


お母さんはいまだに二つ折りだけど
それはそれで十分だそうで

手慣れたようにパカパカと開いて見せながら
「文明に逆らうなんて変な子」
と笑った


「卒業したらまた契約するから」


曖昧にしか返せないのは

いつかみたいに教えてもいないのに
突然電話が鳴ることに臆病になっているだけ


始まったばかりの夏休みは

医療事務のテキストを本棚に戻して
お父さんの手伝いをすることにした


「胡桃は父さんに似て器用だな」


隣で生地を丸めるお父さんは
さりげなく自分を持ち上げていて


「私もそう思ってたわ〜」


レジ前から振り返るお母さんは
自分を下げたことに気づいていない


そんな両親が大好きだ


「幸せ」


呟いた声を目敏く拾ったお父さんは


「おっ、そうだろそうだろ」


いつものように顔をくしゃくしゃにして笑った




幸せだから・・・涙が出る



これまではいつもそうだった


それが



・・・幸せ、なのに


泣きたくなる



今の私は


いつも心の中で泣いている




夕方はいつも堤防に腰掛けて

綺麗な海を眺めていることが多くなった


もう撮ることのない


私の見ている景色を
目蓋でシャッターを切って


桐悟さんへと飛ばす



『胡桃』



私の名前を呼ぶ声を


忘れないように


涙を拭ってくれた手を


忘れないように


水平線の向こうに気持ちを込める





会いたい





会いたいよ





こんなにも




会いたいなんて




私の気持ちを全て攫った狡い人






募る想いが涙になって




流れて落ちた



























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