初恋マリッジ~エリート外交官の旦那様と極上結婚生活~

すべてのプログラムが終了すると、ロビーで受け持ちの生徒と最後の挨拶を交わす。

今日でこの子たちとお別れだと思うと、どうしようもなく悲しくなってしまうけれど、ピアノの成果を披露する発表会に涙は似合わない。

最後まで笑顔を絶やさずに、ホールを後にする生徒と保護者を見送った。

これで本当にピアノ講師の仕事が終わったと息をつくと、同僚の麻衣先生が私の横に並んでフフフッと笑う。

「小夜子先生。階段の脇で旦那様がお待ちですよ」

「えっ?」

まさかと思いながら急いで振り返ると、麻衣先生の言う通り、赤いバラの花束を抱えた彼の姿があった。

日本にいるはずのない彼が突然目の前に現れたのが信じられず、まばたきを繰り返す。そんな私の様子がおもしろかったようだ。彼がクスッと笑い、呆然と立ち尽くす私のもとに近づいて来た。

「とてもいい演奏だった。おつかれさま」

「ありがとう」

差し出された花束を受け取り、笑みを浮かべる彼の顔を見上げる。

一瞬、夢を見ているのではないかと思ったものの、手にしたバラの花束はずっしりと重く、これは現実だと理解する。

労いの言葉と花束のプレゼントはうれしいけれど、前もって一時帰国すると教えてくれればよかったのにという思いがどうしても拭い切れない。
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