みずたまりの歩き方

「あ、そうだ。明日の職業講話、おめかしするのと取り繕った格好するのと、どっちで行けばいいんでしょうか?」

「将棋界のためにも、絶対に取り繕った格好でお願いします」

ふふふ、と美澄は縁石の上を歩く。
これで目線は久賀とほぼ同じになる。

「将棋界のため、かぁ。私、そんなに大それたことできませんよ」

「いえ、それはわかりませんよ」

冷えたこの空気よりきっぱりと久賀は言った。

「明日の職業講話を聞いて将棋を始める人がいるかもしれない。さらにその人を見て女流棋士になる人がいるかもしれない。さらにさらにその人を見て棋士になる人がいるかもしれない」

めずらしく夢物語を語る久賀の声は少年めいている。
けれど、そこにはひと摘まみだが真に可能性を信じる想いが混ぜ込まれていた。

「それでいつか━━それは僕やあなたが生きている時代ではないかもしれないけど━━それでもいつか、この場所にタイトルを持ち帰る棋士が誕生するかもしれない。女性の棋士が誕生するかもしれない」

何もない空の、さらにその先を見つめていた視線が、すぐ目の前の美澄に向けられた。

「あなたが今、懸命に考えて指した一手は、きっとその(いしずえ)になる、と僕は思いますよ」

将棋史に残らなくても、平川から久賀へ、久賀から美澄へ、連綿と受け継がれてきた系譜が確かにある。
そして美澄から、誰かへ。

久賀に支えられ、美澄は縁石を飛び降りた。
そして、千年後の彗星を待つに似た途方もない話に、白いため息をつく。

「遠いなぁ」

美澄が笑うと、久賀も微笑みを返した。

「遠いですね」

意味なんてない世界で、意味なんてない努力をひとつひとつ積み上げていく。

“いつか”へ繋げる、一手。




end.
< 144 / 144 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:38

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

風が吹いたら

総文字数/16,069

恋愛(純愛)17ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
もうずいぶん昔のこと ずいぶん昔のある夏の日 風が吹きました それまで一筋も吹かなかったのに、突然 わたしは、あなたが風を呼んだのだと思いました アンソロジー『百華ノワール』寄稿作品 R5.12.26~12.28
薔薇節 ━━しょうびせつ━━

総文字数/15,033

恋愛(純愛)15ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
将棋指しなんて、ろくなものではありません それを知ったのは 嫁いできた日のことでした *「大正時代×恋×花」のアンソロジー『大正花暦』寄稿作品(担当:秋、薔薇)です。 R5.1.1~1.4 わさびーず様 レビューありがとうございました。 いただいたお言葉は大切にいたします。
DEAR MY LIAR

総文字数/17,778

恋愛(純愛)20ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
だからいつも言ってたのに 「おじちゃん、ちゃんとして!」って。 あのとき笑い飛ばしてくれたら 積み上げた嘘をつき通してくれたら わたしはこんな孤独を 知らずにすんだのに H30.10.8

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop