鬼麟
「棗、それ以上はアウトだ! 脱衣場に行け!」

 強引に棗を脱衣場に押し込めて、閉めた扉に背を預けて火照る顔をどう冷ましたものかと一息ついた。
 だがあれは棗だからと言い聞かせれば今更だとなるわけで、脱ぎ捨てられていた制服が皺にならぬようにハンガーに掛けていく。
 もう少し女であることを自覚して欲しいと言ったところで、彼女にはなにも伝わらないだろうことは鬼龍の皆は知っているのだ。
 1人で悶々としていたところ、小さいものの俺の耳には確かに棗の声が聞こえた。咄嗟に確認することもなく脱衣場への扉を開ければ、またも固まってしまう光景が目の前に広がっていた。

「これ、大き過ぎるよ」

 俺のスウェットの上だけを身につけた彼女が、余った袖をふりふりと振って見上げていた。金色の髪は未だにしっとりと水分を含んでおり、前髪から落ちる雫に濡れた睫毛に色気を感じてしまう。

「てかなんでパンツあんの?」

 じとりと向けられた瞳は疑いを持っていて、それには俺のせいではないと反論するが直視出来ずにいる。

「お前が置いておけって言ったんだろうが」

 裾を持ち上げるのを脳天チョップで止めれば唇を尖らせる彼女に、一度きちんと分からせてやりたいと思う。
 風呂に入ってまたも眠くなってきたらしい棗は目を擦り、俺の腹に頭を押し付けてくる。仕方がないと言いながら彼女に尽くせることに喜びを感じてるのもまた事実で、タオルで髪を拭いてやる。

「綾、一緒にいて」

 片足を夢の中へと突っ込んでいる彼女をベッドに誘導してやれば、伸ばされた手が彷徨うのを握って落ち着かせる。細い指は俺の手には小さくて、白く透き通る肌は神聖さすら帯びている。
 俺が彼女の望むことに反対など出来るはずもなく、怖いと言えない彼女の代わりに怖くないと教えてやれば夢へと落ちていく。
 優しい夢だけを見ていて欲しいと願えども、彼女がずっと囚われているのは現実なのだから救えないのだ。
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