鬼麟
 少し遅れるかもしれないなと思いつつも、先に食べ始めているだろうと改めて向き直る。
 座ることなく手を後ろで組み、私の前へと立つ彼は明らかにカタギのものではない振る舞いをしている。さすがにそれは申し訳なく、座ってくれと言えば渋々と腰掛けた。

「あの、先生その、傷のことごめんなさい。治療費とか言ってくれれば出すから、ほんとにごめんなさい」

 本題から入ると思っていたであろう彼は、肩透かしを食らったように目を丸くしている。その表情は先程の倖ととてもよく似ていて、さすが兄弟だなと思ってしまう。
 彼に残る自身の愚かさを見てしまえば、罪悪感から軽率にも謝罪が出てしまうもので、彼は首を振って応える。

「お嬢から受けた傷は勲章ものですよ」

 一層にこやかになる彼に、それはどういう意味かと聞くのは無意味である。
 あまり何度も蒸し返すことではないと言う彼に甘え、本題に入ろうと気持ちを切り替える。
 頷く彼の瞳を見据え、ゆるりとした時間の中深呼吸をひとつ落とす。
 これまでのことと、これからのこと。すべてを踏まえた上ですべてを見詰めるにはあまりにも耐え難いそれ。
 けれど、時間は巻き戻りも止まりもしないで進むだけなのだ。
 自身へと問いかける言葉に色などない。
 さて、私はどうしようかと。
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