鬼麟
 なんで笑うんだ、そこで。明らかに笑いどころなどなかっただろうに、不敵な、ともすれば不気味ともいえるその笑みを思い出す。
 しかし、私にその心中を知る術はなく、肩にかかった金色を一房手に取る。
 汚い、穢い。なんて、醜悪な色をしているんだ。
 一度沢山の血を吸ったこの髪を、綺麗だなんてとても思えない。おぞましくも忌まわしい自身の髪に、吐き捨てるように呟きかける。

「――大嫌い」

 意味を込めて染めたはずなのに、その意味を見失ったこの髪。この髪も、あの家も、もちろん自分自身も、みんな大嫌いだ。そこに優劣なぞなく、等しく、すべからく。そんな意味を込めての“大嫌い”。
 と、そこで最早猶予はないとばかりにけたたましくアラームが鳴る。行かなければ、と自制の意味を込めて立ち上がる。
 顔を洗い、髪を纏めてウィッグを付ける。寝間着にしていた服を乱雑に脱ぎ捨てながら、段ボールの中から保冷バッグを取り出し、中に入っていたヨーグルトを一つ取り出す。
 それを三口だけ口に運び、あとはゴミ箱に中身が入ったまま放り捨てる。食べ物を粗末にしてはいけないことを知っていながら、朝は何も食べる気がしないし、後で食べることもないから仕方なくそうしているのだ。
 掛けてあったシャツに腕を通し、ニーソに足を通してからスカートを履き、ジャケットを着込んでから身支度を済ませる。
 簡単に歯を磨いてから時計へと目をやると、既に時刻は8:15という無機質な数字が現れている。
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