鬼麟
 鞄を手に取り、玄関に揃えていたローファーへと足を突っ込んで、爪先を軽く打ち付けてフィットさせる。半ば突進するように外へと雪崩出ると、その予想以上の眩しさに目を細めて立ち止まってしまう。
 けれどそんな暇はなく、振り返り扉へと手をかける。外から見た自身の家は薄暗く、人気のなさがより一層寂しさを増している。

「行ってきます」

 誰もいないはずなのに、“行ってらっしゃい”と返してくれることなどないのに、仄かな期待が胸を締め付ける。閉めた扉の先に、何があるわけでもないはずだが、鍵を締めるのに少しだけ勇気を必要とした。
 エレベーターなんて待っていられなく、階段を駆け下りる。すると肩を揺らしたこのマンションのコンシェルジュ、上槻さんがいて申し訳なさが残る中、会釈すればその強面を僅かに緩ませて会釈してくれた。
 彼は強面だが、根は優しく礼儀正しい。あの顔だからこそ近づき難い雰囲気を出してはいるものの、実態は接しやすい良い人なのだ。
 そこでふと、急ぎ足だったのを緩めて普通の足並みへと戻す。そもそも不良校なのだから、こんなにも急ぐ必要はなかったのではと、今更そんな疑問に辿り着く。
 それに遅刻なんて、あいつがいたせいで今までしたことなかったために、そこへ妙な好奇心が生まれる。一度くらいしても、もう怒る人はいないのだからと決めれば、もう急ぐ必要はない。
 それに、今日は天気がすこぶる良い。
 五月中旬の快晴日。桜もとうに散り終わり、青々とした芽が新緑へと変わって学校の桜も青かったと思い浮かべる。
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