鬼麟
 きっと、あちらもとうに新緑に変わったのだろう。脳裏に浮かぶのは、学校ではなく、あの場所の光景が鮮明に浮かび上がる。
 小さい頃はあの桜を見て育った。もう戻れぬ場所、戻りたいとも思わぬ場所。そこに現れるのは私を押さえ付ける大きな手。
 これ以上は駄目だ。震える右手首を抑え、傷が疼くのに舌打ちをする。
 馬鹿な私に、使い物の日々。すべては自分のせいだというのに。
 いつの間にか荒い呼吸になっていて、何度も落ち着けと心の中で唱える。次第に治まる震えとともに安らぐ呼吸。
 また外界に意識を戻せば、いつの間にやら校門の前へと辿り着いていて、この学校のセキュリティについて心配になる。というのも、開けっぴろげになったままの門が目前にあり、来る者拒まずといった雰囲気だ。
 一度立ち止まってしまったものの、躊躇いなくくぐり抜ける。閉めなくていいのかと、考えるものの結局閉めることはしなかった。
 教室の前まで来ると、そのうるささが増す。どうやら自習のようで先生が見当たらない。そこへ入ると思うと、どうしても気が引けてしまい中々開ける決心がつかない。
 静かに手をかけ、一思いに開けると途端に静まり返る教室内。一斉に降りかかる視線は昨日と寸分違わない好奇の目。居心地の悪さにむず痒い気持ちになりながら自身の席へと着く。
 私の一挙手一投足に目を見張っていた人達も、やがて思い出したように取り戻される喧騒。男ばかりの空間はうるさくて堪らない。そういえばと、ことある事に思い出に浸りそうになるのを振り切ると、影が差していることに気付く。
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