今さら好きだと言いだせない
「燈子おはよう。昨日は電話で聞いてくれてありがとう」


 翌朝、会社の最寄り駅で電車を降りると、改札を抜けたところで出勤する燈子の後姿が見えて駆け寄った。


「おはよう。南帆、寝れてないんじゃない? 顔に生気がない」

「……やっぱり?」


 もう一度ファンデーションを厚く塗り直して誤魔化さないといけないレベルだろうか。
 鏡を見てみないことにはわからないけれど。
 とにかく会社では、笑顔だけは絶やさないようにしておこう。印象が少しはマシなはずだ。


「昨日の件だけどさ、芹沢くんが先走ったのが始まりだから、この流れは仕方ないよ。南帆のせいじゃない」


 嘘をついたのは芹沢くんだけれど、私もその片棒を担ぐと約束したのだから同罪だ。
 燈子は私が抱いている罪悪感に気づいて、昨夜に引き続いて慰めてくれた。


「電話で言い忘れたんだけどさ、芹沢くんにこれを渡されたの」


 私は自分のキーホルダーに付けた新しい鍵の現物を燈子に見せた。


「これ……」

「合い鍵だって」

「芹沢くんの家の?」


 私がうなずくと、燈子は目を丸くして「用意周到だね」と驚いていた。

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