今さら好きだと言いだせない
「実際に南帆が行き来すると思って渡してきたの?」

「違うよ。それはない。だって私、芹沢くんがどこに住んでるのか知らないもん」


 彼が利用している駅は知っているけれど、どのマンションが住処なのかはわからない。
 当たり前だが、一度も行ったことなどないのだから。


「もし知ってたとしても、南帆は勝手に家の中に入ったりしないしね」

「それは立派な住居侵入罪だよ。ありえない」


 手をブンブンと横に振って顔をしかめると、燈子はアハハと声を出して盛大に笑った。


「とりあえず“恋人の証”として持ってればいいよ。預かりものだと思って」


 燈子はそう言うけれど、私にはこれが“契約の証”のような気がしてならない。
 いつか彼にこれを返す日が来たら、嘘をつく罪悪感からも解放されるのだろう。


「だけどさ、なんで南帆だったんだろうね?」

「……え?」

「芹沢くん、恋人ができたって咄嗟に嘘をついたんだとしても、社外の女性だって言うこともできたじゃない?」

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